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試してみたらこうなった

虚弱体質や慢性疾患を改善させる為に必要な情報や心得について、体験記を交えながらお話します。

カテゴリー:社会
ビタミンやミネラルが不足した野菜や果物は味や調理にも影響していた

 

 

野菜や果物に含まれている栄養の変化を「数値」で比較してみたところ、確実に減っていました。

 

 

 

栄養が激減した野菜や果物、昔と現代の数値を比較してみた

 

 

 

 

しかし、「数値」は意図的に改竄される事があるので、

 

 

 

 

一応、別の視点からも、今と昔の野菜は栄養にどれほど変化があったのか…を分析してみることにします。

 

 

 

 

それは「味」「調理に与える影響」です。

 

 

 

 

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日本のリンゴやメロンを美味しいと感じるのは勘違いだった

 

 

 

「味」や「調理に与える影響」は、食材を語る上で重要な要素です。

 

 

 

 

 

ただし、料理が得意ではない私がそんな事を言っても説得力がありません。

 

 

 

 

そこで、パティシエの弓田享氏が、食材の栄養と味の関係について詳しく説明されているので、一部を紹介します。

 

 

 

『失われし食と日本人の尊厳 荒廃した日本の食と闘う鬼才パティシエが追い求めた「真実のおいしさ」/ 著者:弓田享』より引用

 

 

◎りんご

 

 

とてつもない大きさ。そして噛めば薄ら甘いだけの、香りも味もない水がほとばしり出て粗い繊維が残ります。

 

 

 

霜降り牛肉とまったく同じです(61ページ参照)。

 

 

 

正常なりんごは固めのもの、柔らかめのものも、すべてサラサラとしたきめの細かい崩れ方をします。線維がしっかりとつまっているからです。

 

 

 

日本のリンゴでも、私が子供の頃は滑らかな崩れ方でした。

 

 

 

フランスのものは今もそうです。

 

 

 

そして、しっかりと繊維の詰ったりんごは、果汁の香りは豊かで深く、切れ目のない深い甘みが恵みの秋を口中に知らせます。なんともいえない自然の季節を感じます。

 

 

でも今の日本のリンゴは何なのでしょう。図体だけは大きくて、木の根っこのようなガリガリの歯触り、無味乾燥、それしか表現が見つかりません。

 

 

まさに異常さの極みの果実なのです。

 

 

(中略)

 

 

そして年間30種類以上、異常なほどの量の農薬が、りんごの木を直接傷めつけます。

 

 

同時に畑の土を汚染し、土地の微生物群は壊滅的な状態となります。

 

 

 

微生物の正常な食物連鎖が消滅したためにミネラルを吸収できず、木は内からも傷みます。

 

 

その結果、正常な細胞分裂ができず、すかすかの繊維と薄っぺらな甘さの、栄養素の極めて乏しい木の根っこのような歯触りのりんごができてしまいます。

 

 

(47~48p)

 

 

 

 

 

次はマスクメロンです。

 

 

 

◎マスクメロン

 

 

あまりにも高価で異常ともいえる味のマスクメロン。

 

 

 

1個の鉢植えに1本の弦を伸ばし、1個のマスクメロンを作り上げる。これほど非生産的な栽培法はありません。

 

 

 

自然の摂理を無視することによって作られた、日本が世界に誇るというおろかさの極みの超集約農業の成果です。

 

 

 

自然の摂理に逆らって作り上げられたものに、豊かな栄養素などあるはずがありません。

 

 

これらのものを食べるごとに、私達の細胞もこれらの異常な産物の細胞と同じ状態に近づいていきます。

 

 

 

ただ糖度を上げるためだけのきわめて幅の狭いミネラルの肥料しか与えられていません。

 

 

 

舌に触れればまさに果肉が水のように崩れる、そしてにがみの混ざった不自然な甘さ、これはおいしさではありません。

 

 

水分をギリギリためておくだけの密度が極めて低く粗い繊維、これは植物の生理に反した栽培によって、果肉そのものが今まさに自壊しようとしている状態なのです。

 

 

(49p)

 

 

 

 

果物が好きな人や、育てている人にとっては面白くない意見でしょう。

 

 

 

 

でも、怒らずに冷静に読んでほしいのです。

 

 

 

 

私は昔、ケーキ屋に半年ほど勤めていたことがあるのですが、その店のシェフも食材をあちこちから取り寄せ、「あれが上手い」、「これは大したことない」…と、スタッフとよく語り合っていました。

 

 

 

 

こだわっているケーキ屋として地元では有名だったのですが、弓田氏のように「細胞レベル、植物が育つ背景を含めて考察している」…と思える発言をシェフの口から聞いた事はありませんでした。

 

 

 

 

 

プロであっても、ここまで味の違いを感じ取れる人は少ないという事でしょう。

 

 

 

 

正直怖いと思います。ほとんどの人は、異常な状態を「おいしい」と勘違いしているわけですから。

 

 

 

 

そして、商品は、需要のある物が作られます。食品も例外ではありません。

 

 

 

 

「舌がおかしくなった人」が増えれば、その人達の需要に応える為におかしな商品が開発される…悪循環です。

 

 

 

 

以前テレビで、スイーツのように甘いトマトやさつまいもが新種として紹介されていました。

 

 

 

 

生産者がこのように異常に糖度を高くするのも、それを望む消費者がいるからだ…と考えると恐ろしいです。

 

 

 

 

だからこそ、「正常な感覚を持った人」は貴重な存在なのです。

 

 

 

このような人が増えなければ、みんなの健康が損なわれることになります。

 

 

 

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日本の産物の特徴

 

 

 

弓田氏によると、日本の産物には以下のような特徴があるそうです。

 

 

 

《日本のこれらの産物に共通する希薄な味わいと、ゴリゴリザラザラの歯触り》

 

 

自然の摂理に逆らって作り上げられたものには、共通の味と歯触りがあります。

 

 

とても幅の狭い偏ったミネラルしか与えられていないので、細胞の健全な成長と働きは失われ、いずれも本来のものとはかけ離れた組織がずたずたのものができます。

 

 

肉も果物もザラザラの繊維と水のような味です。

 

 

そしてキャベツやかぶなどの野菜にも木薄な匂い、味、そしてガリガリの歯触りがあります。

 

 

本当に望ましい条件で栽培された野菜には小気味よく嬉しい歯触りがあります。

 

 

おいしいキャベツはシャキッ、パリッです。

 

 

おいしい人参はかむと軽いパリンという歯触りがあります。

 

 

白菜の身の厚いところは一瞬歯がキュンとしめつけられ、そしてはずみのあるサクッサクッが続きます。

 

 

ミネラルを不十分にしか吸収できない繊維の粗い野菜はどれも固いゴリゴリかガリガリの歯切れの悪さが共通です。

 

 

ミネラルを十分に吸収して、よい条件で育ったおいしいメロンや桃などは果肉の繊維は細く、とても緻密に詰まり滑らかな舌触りがあります。

 

 

食べていて小さなざらつきを感じ、おまけに歯に太い繊維がつまるなんてことは決してありません。

 

 

でも今のメロンや桃は、繊維が粗くザラザラの舌触りで、嫌なことに果肉のすじが歯の間によく詰まります。

 

 

私の祖父が作った水蜜桃は本当に滑らかそのものでした。ザラついた繊維を感じるなんてことはありませんでした。

 

 

(50~51p)

 

 

 

残念ながら、私はこのように感じた事はありません。

 

 

 

 

親やお爺ちゃん、お婆ちゃんが「昔の野菜は美味しかった」…と言っているのを聞いた事は何度もあります。

 

 

 

 

しかし、その時は、「今ほど食のバリエーションが少なく、美味しいものが少なかったから、野菜が美味しく感じたんだろう」…程度に思っていました。

 

 

 

 

「正常な状態」を知らないとこうなります。

 

 

 

 

各地の有名な特産品も、知っている人と知らない人とでは評価が分かれます。

 

 

 

《誰もが食の宝庫と考える北海道の産物や各地の特産品も例外ではない》

 

 

多くの人は北海道の産物はどれもがおいしいという、何とはなしの常識に疑いを持っていません。

 

 

でも私は北海道産の農畜産物、野菜や果実でおいしいと思うものに出会った記憶はありません。

 

 

農薬浸けの傷んだ農地、これは北海道も例外ではありません。

 

 

料理の試作に北海道産のジャガイモを使えば、水のような味わい、そしてあっという間に煮崩れる組織の粗いじゃがいもがほとんどです。

 

 

「きたあかり」でも、「男爵」でも一緒です。

 

 

誰もが最高においしいと思っている北海道産のアスパラガスも、旬であっても歯切れが悪く、ごりっとしていて、そして変な苦味のあるようなものばかりです。

 

 

アスパラガスの暖かい味わいなど、ついぞ感じたことはありません。

 

 

 

2度ほど十勝産のものも含めて何種類かのあずきを同時に煮て、味わいを比較したことがあります。

 

 

 

結果として2度とも十勝産のものが1番まずかったのです。

 

 

 

広大な冷涼の地、北海道。

 

 

 

テレビや旅行会社などのイメージ宣伝によって、おいしいものが豊かに生産される地と多くの日本人がなんとはなしに信じています。

 

 

 

しかし本当は、すでに農地はミネラルの涸渇した息も絶え絶えの土地であることは間違いありません。

 

 

 

「お前はほんとに北海道の農業を知り尽くしているのか」と、私に言わないで下さい。

 

 

 

異常な味のする産物しか口にできなければ、私にはこんな結論しか導き出せないのです。

 

 

私は北海道の産物のみを非難するつもりはありません。しかし、北海道の産物は日本の産物の健全性の象徴ですから、まず初めに挙げなければならないのです。

 

 

 

日本のほぼすべての産物が今でも年々、さらに味わいを劣化させているのです。

 

 

 

前述の新潟の米だけでなく、仕事でどこへ行ってもおいしいご飯を食べることはできません。

 

 

 

岡山のマスカット、いくら立派な箱に入っていても、その異常な渋みの混じった生命の眠りこけた濁った味わいに、私の舌は思わず喉の奥にひいてしまいそうです。

 

 

そして岡山や山梨、福島の桃、やはり渋みの混じった少しの清新さもなく、表情のない味わいが舌を覆います。

 

 

 

鳥取の二十世紀梨、岐阜の富有柿、今も年々味わいは希薄になっています。

 

 

 

山形のさくらんぼ、まさにあるかないかの情けない味わいです。

 

 

 

味わいの中に清新な力強い季節の息吹を感じ取ることはありません。見るだけの季節感しか味わえない日本の旬の産物なのです。

 

 

 

(52~53p)

 

 

 

ここまでは、味がどのように劣化しているのかの説明でした。

 

 

 

次は、調理にどう影響するかの説明です。

 

 

 

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質の悪い食材では上手く作れない

 

 

 

「味」というのは、判断する者がプロであっても、所詮は「主観」です。

 

 

 

従って、どんなに詳細な分析でも「客観性に乏しい」と評価する方もいると思います。

 

 

 

それに対して、「調理」というのは、ある意味「理科の実験」です。

 

 

 

「調理した結果」というのは、化学反応であり、実際に起こっている事象ですから主観ではありません。

 

 

 

味の劣化の説明に納得がいかなかった方も、現実が理解できるのではないでしょうか。

 

 

 

4 日本の素材から本来のうまさは失われた

 

 

このように、あまりにも多量の農薬の使用により、土地は傷めつけられ、さらにミネラルの幅の極めて狭い化学肥料のために農地は傷つき、そしてメーカーの思惑による品種改良によって野菜などの味わいも失われ、同時に私達の口にもたらされる栄養素はさらに希薄になっていきました。

 

 

私の経験では1980年代の後半から1990年代の前半にかけて、堰を切ったように日本の野菜、果物のおいしさは失われていったように思えます。

 

 

恐らく戦後、少しずつ上昇してきた農薬がある程度の濃度に達した時に、土の荒廃は植物にとってどうしようもない状態になったように思えるのです。

 

 

白菜はまさに冬の寒さにかじかむ心を、しっくりと暖める優しすぎるほどの暖かさに満ちた味わいは失われ、寒々とした水のような歯触りが、味わいのすべてになりました。

 

 

キャベツは懐かしさをたたえた甘さは失われ、無表情なプスッとした味わいとなり、歯触りもシャキッとはいかず、バリッガリッとしたまったく異なるものに変わってきました。

 

 

そして何人かの人に毎年送ってもらっていた、私の本当に大好きな、贈ってくれた人すべてを善人に感じさせてしまう京都の「千枚漬」のかぶも例外ではありませんでした。

 

 

繊維は粗くなり、本来は滑らかで柔らかいはずの歯触りは、ゴリッとした不快で不自然な歯触りになり、心にしみ込む舌のすべての部分に感じる安心感に満ちた暖かい味わいは失われていきました。

 

 

私は1986年に初めて店を出した時から、テイクアウトできない、いちじくとりんごの白ワイン煮を喫茶室で出していました。

 

 

初めはうまく思う通りのものができていました。

 

 

しかし、3、4年過ぎた頃から、どんなに作り方を変えてもおいしくできなくなっていったのです。

 

 

果物の白ワインの砂糖煮は、丸のままのいちじくや芯を取って縦に4つに切ったりんごを鍋に入れ、ちょうどひたひたの白ワインを加えて、ごく弱火で本当に軽くフツフツと30分弱、竹串が何の抵抗もなくスッと入るほどに煮ます。

 

 

ここに白ワインの4分の1の重量のグラニュー糖とお茶用のパックに入れたアニスシードを加え、再び火にかけてグラニュー糖を溶かし、火を止めて24時間おきます。

 

 

翌日さらに前日と同じ量のグラニュー糖を加え、加熱して溶かします。

 

 

これにレモン汁を加えて、冷めたら冷蔵庫に1週間おきます。

 

 

冷たくしてたっぷりの煮汁を皿に盛り、いただくのです。

 

 

それぞれが本当に夢見るようなおいしさです。

 

 

 

いちじくの魅惑的なビロードのような舌触りに私の意識はふっと静けさに包まれます。いちじくのおいしさの芯の部分がアニスと解け合い、濃密に、そして静かに私の五感の中に流れるのです。

 

 

りんご、その歯触りが、白ワインとりんごの小さくつぶやくような酸味に重なるのです。

 

 

思わず日常がほんのわずかの間なのですが、ふっと途切れるのです。そう、日常にはない意識をまさぐるおいしさなのです。

 

 

砂糖は1度に全量を加えると、果肉の外の砂糖の濃度が高くなり過ぎ、果肉の組織から急激に水分が引き出され、果肉は縮んで固くなってしまいます。

 

 

水分の4分の1の重量を2回に分けて加えていきます。

 

 

穏やかに組織から水分が移動し、砂糖も組織の中に入っていきます。

 

 

しっかりと果肉の水分と砂糖の入れ替りが済んだところで次の砂糖を加えると、やはり穏やかに入れ替りが行なわれ、滑らかな舌触りが得られます。

 

 

ところがりんごはどんなに静かに似てもボロボロに煮崩れてしまいました。また煮崩れなくても2回目の砂糖を加えると、果肉が少し縮み、タクアンの歯触りに似た固さが出て、舌触りはザラザラなのです。

 

 

いちじくは元々がかなり柔らかいのに、1度砂糖を加えると、他のいちじくや器の底などに触れている部分が、足のかかとのような固さになってしまうのです。

 

 

やり方を変えてもどうしてもダメでした。

 

 

当時、私にはそれがどうしてなのかまったく理解することができませんでした。

 

 

今考えれば、この頃から急速に日本の農産物は劣化し始め、いちじくもりんごも繊維が粗くなり始め、煮崩れたり、水分と砂糖の入れ替りが緻密にいかなくなり、果肉から水分が取られ、固くなっていったのでしょう。

 

 

また私の大好きだった生のマスカットをたっぷり使ったタルトゥも、急に味わいが落ちていきました。

 

 

ぶどうに深い味わいがなくなり、渋みのある芯のないボケた甘さだけのマスカットに変わっていったのです。

 

 

(58~60p)

 

 

 

 

 

 

不都合な真実ですが、事実は事実として受け入れていくしかありません。

 

 

 

 

3 何でもある日本、でも何でも中途半端な日本

 

 

《ドゥ二・リュッフェルの講習会を通じて分かった日本の食材》

 

 

2008年、この年もドゥ二・リュッフェルは日本にやってきて、フランス料理とフランス菓子の技術講習をしました。

 

 

彼の本来のフランス料理の考え方、技術、そして本当の深いおいしさを、この日本で正しく再現するために、イル・プルー・シェル・ラ・セーヌでは、毎年彼をフランスから招いて料理講習会を開いています。

 

 

しかし日本でドゥ二・リュッフェルが料理を作るには素材の点で多くの困難があるのです。

 

 

特に12年前第1回のフランス料理講習会を始めたばかりの頃は絶望的でした。

 

 

彼と共に本来のフランス料理をこの日本でできるだけ再現しようともがく中で、いかに日本の素材が荒廃しているかを改めて認識することになったのです。

 

 

ここでは、その中の主なものを記してみようと思います。

 

 

すでに述べたように日本の農産物、畜産物、乳製品はどうしようもなく味が薄いか、まったくないものがほとんどです。

 

 

しかしほとんどの人達は、この異常な農産物しか口にする機会がないのですから、私の言う事に疑問を持ったとしても当たり前です。

 

 

フランス料理では、じゃがいもをよく使いますが、ある年はポタージュに使いました。

 

 

でもどれもじゃがいもらしい味のないものばかりでした。

 

 

地方の農家、あるいは質の高い食材を看板にしているところも含めて、10ヶ所近く取り寄せましたが、本当においしいものは1つもありませんでした。

 

 

人参は予想外にも3ヶ所ほどよいものがありましたが、例年は、ゴリゴリの歯触り、薄い味わい、香りのものばかりで何1つ使えそうなものがないのが普通なのです。

 

 

フランス料理のフォン(出汁)にはセロリを使いますが、薄い緑色の味も香りもしない歯触りと形だけのセロリしか、この日本にはないのです。

 

 

本当にあちこち探しましたが、長年見つけることができませんでした。

 

 

やっと一昨年、セロリらしい味わいのものを1つだけ見つけることができました。

しかしこれも今年はダメでした。

 

 

すべてが料理に加えても加えなくても味は同じようなものばかりなのです。

 

 

なすにしても、スカスカの味のしないものばかりです。

 

 

10ヶ所近くから取って、そこで1番ましなものを選びます。しょうがない、そんな気持ちでしか選べないのです。

 

 

日本のほうれん草では、渋いやら、味がまったくないやら、料理の味わいがまったく成り立ちません。

 

 

フランスからの冷凍ものの方がずっとましなのには悲しくなってしまいます。

 

 

 

キャベツも同様です。昔のような豊かな味わいはありません。ニュージーランドからのキャベツを使いました。

 

 

 

ニンニクも7、8箇所から取り寄せましたが、ドゥ二・リュッフェルは、香りも弱く苦いと言ってOKが出ませんでした。韓国産のものをなんとか取り寄せました。

 

 

 

講習会が始まる前には、教室には山のように様々な野菜が集められます。ほとんどが本来の味を失ったものばかりです。

 

 

 

材料代はとんでもない額になります。

 

 

しかし私には、真の味わいがほぼ消失したこの日本に、ドゥ二・リュッフェルの正しい最上のフランス料理を伝える義務があります。執念を持って少しでも良い素材を集めます。

 

 

(中略)

 

 

この国で本当のフランス料理の味わいを再現するためには、作り手の様々な面での強い意志が必要なのです。

 

 

また日本にはエチオピア、タイ、レバノン、ベトナムなど、様々な外国の方々が自ら料理を作るレストランが数多くあります。

 

 

いくらこうした人達が母国の料理を作ったとしても、日本で産出される素材だけで作れば、決してお世辞にもおいしいと言えない料理ができてしまいます。

 

 

(93~98p)

 

 

 

 

常識とは間逆ですね。

 

 

次に、このような食材を「美味しい」と感じる理由について説明します。

 

 

それは、「味覚」は狂うからです。

 

 

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ビールが不味いのは気のせいではなかった。栄養の乏しい食材と狂った味覚

 

 

 

先ほど、「不自然な物を美味しいと感じる人」が増える事で、その需要に応える商品が生まれるので、世の中を良くするには「正常な感覚を持っている人」が必要だ…というお話をしました。

 

 

 

 

しかし、「感覚」というのは、注意していないと洗脳によって簡単に狂ってしまいます。

 

 

 

特に「好み」というのは、意外に周囲の影響を受けます。

 

 

 

 

世界で似たようなファッションが流行ったり、モテる異性の外見の条件がだんだん似てきている事から考えても、ある程度は誘導できます。

 

 

 

 

「味覚」も狂わせる事が可能です。

 

 

 

 

美味しいものを「美味しくない」と感じさせたり、美味しくないものを「美味しい」と感じさせるわけです。

 

 

 

 

そして、「栄養の乏しい食材」と「狂った味覚」はセットだと考えています。前者を誤魔化し、維持する為には、後者が必要なのです。

 

 

 

 

 

ここでは、味覚をおかしくする方法を紹介します。

 

 

 

《強い思いとあせりから、解決策のない批判だけの本を出版する》

 

 

私は2001年に日本の食を批判した『破滅の淵の裸の王様』(文芸社刊)を出版しました。

 

 

ほぼすべての人が正しいと考える日本人の今の嗜好、おいしさは、かなりの部分がこの最近、昭和30~40年代に築かれてきたこと、世界の中で他には存在しない日本人のみが正しいと考える異常で間違った食習慣であることを指摘しました。

 

 

しかしこの本は、日本の食を乱暴にあげつらうだけで、それに対しての対処法はまったく語っていません。

 

 

ただこの異常な食の真実を、少しでも早くこの国の人に伝えたいというあせりからの、やはり人を動かすだけのエネルギーの不足した本でした。

 

 

しかしここに示された考え方は、今読み返してみても、それまで誰もが考えたことのない、極めて新しい視点からの分析であり、その真実性は今も一点の曇りもないと考えています。

 

 

たとえば「超ドライなビール」についてです。

 

 

この超ドライなビールのもてはやされ方は、日本の食の混乱を端的に表していると思います。この本から引用します。

 

 

水にも劣るビール

 

 

「私達が作ります。本当の味、洗練された味」。

 

 

テレビのコマーシャルで耳にタコができるほど聞かされた言葉です。これほどまでに思い上がった、しかも私達大衆を見下した傲慢な言葉もないでしょう。

 

 

「私達が新しい、今までにないおいしさのビールを作り出しました、あなた達一般大衆は本当の味なんか分からないでしょうから、私達が教えましょう」と言っているのですよ。

 

 

 

そもそも「本当の味」とは、生命の進化の中ですでに築き上げられているものであって、新しく作り出すものではないと思うのですが。

 

 

この「超ドライなビール」が発売された時は、新しいおいしさのビールが出たと大評判になりました。

 

 

私は何かうさん臭いものを感じていたので、あわてて飲むということもなかったのですが、ある時、小料理屋でとにかくうまいからと薦められ、それではと注文してみました。

 

 

口に含んだ瞬間、キョトンとしてしまいました。

 

 

 

 

すべてが消えてしまうのです。今、冷たすぎる液体が口にあるという実感しかないのです。瞬時に状況を理解できませんでした。

 

 

 

飲み物であれば、当然感じる口に含む前の香り、味わい、そして、飲み下した後の余韻、全てがこのビールにはないのです。ビールという個性が感覚に与える、豊かな情報がないのです。

 

 

 

これはビールではありません。ビールの仮面を被った愚かさの詰った、ただの冷たい液体です。

 

 

 

1杯飲み終えた時、私は何か空恐ろしいことが、これから始まるような予感がしました。

 

 

結果的にこのビールは今でも爆発的に売れています。

 

 

 

「おいしいから何杯も飲める」。

 

 

 

バカなことを言わないでください。これだけすべてを取り去った、ただの冷たい液体なら、人間の頭にも身体にも、何も働きかけることなく、いくら飲んでも何の情報も感覚に蓄積されません。

 

 

 

ビールを飲んだという実感が湧いてこないから、ビールの虚像を追い求めてあわてて何杯もむやみやたらにジョッキをあおります。

 

 

クァーッとグラスを傾け、一気に喉に流し込み、残るのは炭酸の刺激だけです。

 

 

ビールではないものを私達に与え、これこそがビールだと思い込ませる。実にうまい、こずるいやり方です。

 

 

確かにこのメーカーは、ありもしない虚像を生み出すことには長けた企業だといえるでしょう。大量販売をもくろみ多くの嘘を積み上げ、ギンギンに冷えたビールを、できるだけ瞬時に口を通過させ、ビールを飲んだ実感がわかないように飲ませることを実に執拗かつ巧妙に追い求め続け、大成功したのですから。

 

 

その周到な手口はこうです。

 

 

まず消費者にビールは冷たいほうがおいしいと思わせるため、味を少しずつ薄めていきます。

 

 

香りを、味わいを執拗に取り除きます。

 

 

考え方は今の日本酒と同じで、発酵を不活発に、単純にし、フィルターにかけて雑実を取り除くことなのです。

 

 

味のしなくなったビールは、本来のビールを飲むための望ましい温度、10~13度ではまずくて飲めなくなります。

 

 

同時に大々的に「ビールの虚像」を宣伝し、冷やしておいた方がおいしい、と思い込ませるようにしたのです。

 

 

とにかく、これは実に周到に行なわれ、いつの間にか私達は、ビールは5度くらいに冷やしたほうがおいしいと洗脳されてしまったのです。

 

冷たいという感覚は印象が強いため、まったく味わいのないものでも、この印象と重ね合わせることによって、おいしいと錯覚させることができるのです。

 

 

でも、冷たいという感覚は、実は人間にとっては苦痛なのです。

 

口に含む、苦痛が走る、あわてて瞬時に飲み込む。一陣の風がサッと吹いたようなものです。

 

喉ごしというのは、口の中で味わいを確かめたりしないで、速く喉を通過させろという、メーカーが勝手に作り上げたたわいのない嘘なのです。

 

 

 

グラスの中に残って、10度ほどに温まったビールを飲んだことはありませんか。

 

 

何の味もしません。グルタミン酸ソーダでも入れたような薄ら甘い、気持ちの悪い水としかいいようがありません。

 

 

良く冷えたビールがおいしいのではなく、冷やさなければまずくて飲めない、というのが正しいのです。

 

 

ところが私達は、まんまとメーカーの戦略にはまり、誤った情報を頭の中に植えつけられてしまいました。

 

 

 

日本人にとってのビールのおいしさは、カーッと流し込む、その爽快さだけになってしまったのです。

 

 

そもそもビールを一気に流し込まなければならない理由など、どこにもありはしないのです。

 

 

高温多湿の日本で、夏なんかとりあえず冷たいものを飲んで、厳しい暑さを忘れたい、という心理は分かります。

 

 

でもしっかりした味わいの、香りも、味もいっぱにに感じられるビールなら、一気にあおらなくても、幸せと涼しさを十分に感じることができます。

 

 

 

本当においしいビールは1、2杯で五感の全てが深く満たされ、それ以上飲もうという気はおこりません。それで十分なのです。

 

 

このメーカーは「切れのよさ」を味わいの大事な要素としていますが、これは味わいの要素となることはできません。「切れのよさ」とはビールの中においしさも栄養もなにもないことでしかありません。

 

 

私はこのメーカーだけを非難するつもりはありません。

 

 

確かに、このとんでもない日本的亜種のビールの出現で、他のメーカーのビールも地に落ちました。ムードだけの意味のない銘柄が乱発されましたが、底に流れる考えはどれも皆同じです。

 

 

 

名前だけ、イメージだけでどれもこれも似たりよったりです。

 

 

希薄な味わいと薄っぺらな水っぽい舌ざわり、ちょっと温度が上がれば、なんでしょう、あの気持ちの悪い化学調味料のような甘さは。

 

 

他のメーカーのビールです。「まじりっけなしのうまさ」って何なんでしょう。

 

 

 

何が「まじりっけ」だというのでしょうか。実はそのまじりっけとはビールのおいしさであり、栄養素なのです。

 

 

 

結局、このビールも超ドライなビールと同じく、ある意味では他メーカーはもっとこずるい。

 

 

 

味のないビールをギンギンに冷やして、何も感じさせずに流し込ませて消費者を増やす、という戦略はまったく同じなのに、さも我々は一味違うんだと、小利口なことを言っているだけなのです。

 

 

 

それにしてもどのメーカーも一斉に同じ方向に走り出した事実はあまりにも悲しい。

 

 

 

地域振興のためもあってか、あちこちに地ビールとやらが乱立しています。それらの多くは、個性的な味わいを目指していると言いますがそうではありません。

 

 

 

会津のものも越後のものも岡山のものもまったく変わりばえのしない大手メーカーと同質のビールばかりです。」

 

 

 

この本を出版した頃は、私もまだ肝っ玉がすわっていませんでした。結局怖くてこのビールメーカーの実名を避けた記述になってしまいました。

 

 

 

しかしこんな中途半端な気持ちでは、日本の食の実情は少しも変わることはないことを痛いほどに知ることになりました。

 

 

 

「水にも劣る」ビールはもちろんアサヒの『スーパードライ』です。

 

 

 

アサヒスーパードライの日本市場の席巻は、1企業の巧妙な情報操作によって、本来の味わいが国民的規模で完全にねじまげられた最も典型的な例なのです。

 

 

 

こんな何の味もしないビールがあれば、料理の作り手も楽なのです。よくない素材で下手に作っても、それ以上に味のない飲み物があるので、料理のまずさが隠されるからです。

 

 

そして飲んでも飲んだ気がしないので、結局お客はだまされて余計に飲んでくれます。

 

 

 

このビールとはいえない奇々怪々な代物の出現で、日本の食は「香り、味もない、そして単純極まりない食感だけ」の世界に一気に突っ込んで行ったのです。

 

 

 

他のメーカーのビールはもちろん、日本酒、そして和洋中すべての料理も先を争って「水の如き味わい」つまり単純化を目指してきたのです。

 

 

 

今考えればこのアサヒスーパードライは時代の要請であり、食の領域でのバブル経済の先駆けであったと思います。人々が愛してきたビール本来のおいしさと、それが存在してきた理由も歴史も強引にはぎ取ったのです。

 

 

 

ビールの嫌いな人にもビールとだまして、1本でも多く売るために、ビールの個性をすべてはぎ取り、まさに究極に単純化された味わいを目指してきたのです。

 

 

 

食の領域がこぞってこれに追随し、その結果として今、この日本に残るのは資本の論理が貫徹し、人間性を損失した心と身体を破壊する「食」でした。

 

 

この日本にもたった1つ、私がおいしいと思うビールがあります。

 

 

私の冷蔵庫にはいつもこのビールだけが冷やしてあります。トナカイと星の絵が描かれた「銀河高原ビール」の350ml缶です。

 

 

同じ会社の他の2種類はまずいです。

 

 

この会社は1度、一挙に拡販を目指し破綻しています。もしこのビールが人気を得ても、再び調子にのり味わいを損ねないように望みます。

 

 

(280~284p)

 

 

 

 

 

最近の若者は、昔の人に比べてビールを飲まなくなってきているようですが、本当においしいビールを飲んた経験がないから、好きになれないのかもしれません。

 

 

 

 

これはビールの話ですが、私はイメージ戦略による「正常な味覚の書き換え」は、「あらゆる食材」で行なわれていると考えています。

 

 

 

 

だからこそ、先に紹介した「不自然な栄養の特産物を“美味しい”と錯覚している人」が多いわけです。

 

 

 

 

また、糖度が高ければ「美味しい」と感じる舌も、言っちゃ悪いですが、バカになっています。これはかつての私もそうです。

 

 

 

『NEXT WISDOM FOUNDATION タネが危ない!わたしたちは「子孫を残せない野菜」を食べている。~野口のタネ店主 野口勲さん』より引用

 

 

「タネなし」を好む現代人

 

 

うちのお客さんは大きく二つのピークがあって、ひとつは70代から80代の方。

 

 

会社を定年退職して、いままではスーパーで買っていた野菜はどうも美味しくないから、自分で有機栽培して、昔に食べたおいしい野菜を食べたいと思って栽培を始めたけどどうも昔の味にならない。

 

 

 

理由を調べると、やっとタネが違うからだということに気が付いて、うちから買うようになった人たち。

 

 

もう一つは30代から40代の方で、子供が生まれて、健康に育てたいという人たち。その間のお金を稼ぎたい年代の人たちは一切興味がない。

 

 

 

いまの人の「美味しい」は、甘くて柔らかいもの、生で食べられるもの。

 

 

昔の大根なんて堅くて辛い。なぜかというと細胞のひとつ一つが緊密で均一だから。

 

 

F1だと固定種で3〜4ヶ月かかるところを2ヶ月で収穫してしまう。

 

 

2ヶ月で成育するということは、細胞が水ぶくれのようにフニャフニャで、その細胞を維持するために細胞壁が強くなって根が崩れるのを防ぐ。

 

 

だからいまの大根を大根おろしすると水分でペチャペチャものが出てきて、おろし金の方には繊維が残って付いている。昔の大根をおろすと均質なものになります。

 

 

いまの大根はすぐに煮えますが、昔の大根は時間をかけると辛みが甘味にかわる、味も全然違うんです。

 

 

いまの子供はトマトにタネがあるのも嫌がるという。

 

 

タネがないものがおいしい野菜なんです。

 

 

子供がよろこぶからという理由で、トマトまで雄性不稔になっています。

 

 

本来植物は人間に食べられるために生きてるんじゃない、タネをつくって子孫を残すために生きている。そのタネを邪魔だというような世の中になってしまったんですね。

 

 

 

ある程度年をとっている人は、「昔の野菜や果物はおいしかった」…と感じるようですから、詳細な分析はできなくても異変に気付けるだけまだマシです。

 

 

 

生まれた時から、「栄養の乏しい食材」ばかり食べている世代は、それすらも感じることができません。

 

 

 

現代人は、甘くて柔らかいものや、生で食べられるものが「美味しい」と感じるようになった事で、結果的に「不自然な食材」を選択するようになりました。

 

 

 

以下の記事で私は、「食材を感覚だけを頼りに、体に良いか悪いかを判断する事」を、信憑性が低くて危険だと述べました。

 

 

 

「美味しいと感じる食べ物は体に良い」と感覚だけで判断するのは危険です

 

 

 

その理由として以下の3つを挙げました。

 

 

 

 

1、美味しいと感じる食べ物が結果的に体に良いこともあるが、それはあくまで結果論なので、「美味しい物=体に良い」わけではない

 

 

 

2、人間の感覚は当てにならないし、狂う事もある

 

 

 

3、「気持ち良い、美味しい=体に良い」なら、これらを我慢することが悪い事になる。しかし、「気持ち良いや美味しいを我慢するストレス」がどれほど酷いストレスなのかハッキリしない

 

 

 

 

これに以下を加えたいと思います。

 

 

 

 

4、目的の為に、洗脳によって意図的に感覚を狂わせる事があるから

 

 

 

これと合わせて、肩書きのある者に「体に良いか悪いかは感覚を頼りに判断するのが良い」、「美味しく食べるのが体に良い」…等と言わせておけば、

 

 

 

多くの人は「体に悪い食べ物」でも好んで食べるようになります。

 

 

 

 

改めて、危険であると強調しておきます。

 

 

 

 

本記事で引用した本の帯には、「ぜひ本書を、健康に気遣う一般の方々だけでなく、医師の方にも読んでもらいたいと切に願います」…と、弓田氏の言葉が書かれています。

 

 

 

しかし、多くの医師は論文ばかり読んで、一般書籍はほとんど読まないそうですから、目に留まることはあまりないでしょう。

 

 

 

その医師や、栄養士が「スカスカの食材」から栄養を摂りましょう…と誘導するのですから、なんとかしないといけません。

 

 

 

「言いつけを守る真面目な人」程被害を受けるからです。

 

 

 

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食材の品質が劣化したのは、不自然な種にも原因がある

 

 

 

作物の質が変わってしまった理由は、土壌からミネラルが失われた、農薬の影響…等、色々と言われていますが、「種」自体の問題もあるので、一応紹介しておきます。

 

 

 

 

『NEXT WISDOM FOUNDATION タネが危ない!わたしたちは「子孫を残せない野菜」を食べている。~野口のタネ店主 野口勲さん』より引用

 

おいしさの8割はタネで決まる

 

 

現代の農業では、おなじ規格のものを大量に作ることが農家に求められています。

 

 

そして、規格通りの野菜を作るためには「F1」のタネを使わなければならない。

 

 

「F1(雑種第一世代)」のタネから育った野菜は、みんな同じ成育のしかたをし、型にはまったようなかたちになり、そして同じ時期に収穫できます。つまり、出荷しやすく、売りやすいということです。

 

 

 

一方で「在来種」や「固定種」と呼ばれる、昔から使われているタネは一粒一粒に特徴があり、多様性があり、早く育つものもあれば遅く育つものもある。

 

 

 

葉の形を見たり、成育の状況を見ながら、大きくなったものから収穫します。

 

 

 

一度タネをまけば長い間収穫できますが、需要に合わせてまとまった量を定期的に出荷することができないから、お金にするのは難しい。

 

 

 

でも味も昔の野菜そのままで美味しいので家庭菜園に向いています。

 

 

 

そして、いくら無農薬や有機肥料で育てても、味を決める8割はタネ、本当に昔ながらの美味しい野菜を食べたいなら在来種を自分で育てるしかありません。

 

 

 

 

昭和30年頃までは、「固定種、在来種」が多かったようですが、現在のスーパーで売られている野菜のほとんどは「F1」品種です。

 

 

 

F1(Filial 1 hybrid)」を直訳すると、“1世代交配”です。別名に「一代雑種」、「ハイブリッド種」があります。

 

 

 

 

「一世代」の意味は以下の通りです。

 

 

 

『マクロビオティック 健康相談 F1種について』より引用

 

 

循環しない品種

 

 

F1種は、一代限りです。

 

 

その一代目の個体が人間が意図したとおりの形姿や性質を備えていれば、それで使命を果たします。

 

 

 

その個体から二代目以降が生まれることは想定されていません。

 

 

 

常に一代目の個体として消費され続けるのが、F1個体の宿命です。一代限りとは、そういう意味です。

 

 

 

実際に、F1種の個体から二代目はできにくいといわれます。子孫ができにくいのです。

 

 

たとえできたとしても、二代目の個体は親とは全く違った形姿や性質をもっているなど、同一品種としての特性を保持しずらくなっています。

 

 

 

そうなると元々の品種改良した目的から外れてしまうので、F1はF1止まり、すなはち一代限りで終わるのです。

 

 

 

これに対して在来種は、品種としての特性が親から子、子から孫へと代々保たれています。

 

 

ゆえに、世代を越えて種として存続していくことができます。このことは逆に、在来種が長い年月をかけて環境に適応しながら生き延びてきた証でもあります。

 

 

 

一代限りのF1種は世代を越えて生命の受け渡しをすることができませんから、循環しない品種ともいえます。

 

 

 

厳密にいえば、品種とすら呼べないかもしれません。F1種は、人工交配によって生みだされたハイブリッドのあだ花なのでしょう。

 

 

 

 

「F1」は品種改良によってできた種です。“一世代”と呼ばれていますが、一応、蒔けば芽はでます。

 

余談ですが、「自殺する種子」と呼ばれている、遺伝子操作によって作られた種があります。こちらは、育った作物の種を植えても芽が出ない種子なので、「F1」とは違います。

 

 

 

 

動物性食品の品質と栄養について

 

 

 

本記事は、「サプリメントからビタミンやミネラルを摂取する事に躊躇している人」、「これらが豊富に含まれていると言われている野菜や果物を摂れば十分であると考えている人」に向けて書いているので、植物性の食品の栄養が減っている事について話しました。

 

 

 

しかし、これは植物性の食品だけに限った話ではありません。

 

 

 

 

動物性の食品も同じように不自然です。

 

 

 

 

餌が違えば栄養価も違います。また、薬漬けになっているので、質も悪いです。

 

 

 

 

ハッキリ言って、流通している物はどんな物も、探せば悪い面が見つかります。純粋で自然なものはないのではと思っています。

 

 

 

あったとしても、庶民が気軽に毎日食べられる価格ではなかったり、普通のスーパーに売っていなかったりします。健康を考える年金暮らしの人達にはとても勧められません。

 

 

 

 

しかし、食べないと生きていけませんから、よりマシな物や方法を選択するわけです。

 

 

 

 

このブログの目的は健康になる事、体質を改善させる事です。

 

 

 

その為にしなければならない事は、体の構造を把握した上で、「最も有害なもの」を避けて、「足りないもの」は徹底的に補う事だと考えています。

 

 

 

 

私の経験では、これが1番効果的です。

 

 

 

 

むやみやたらに有害物質を避けているだけでは結果はでません。金と時間と手間を浪費し、疲弊するだけです。

 

 

 

 

「足りないもの」を補うには、タンパク質だとプロテイン、脂質だとバターやMTCオイル等、ビタミンやミネラルはサプリメントを使います。

 

 

 

 

それぞれの必要量は個人差があります。

 

 

 

 

で、「最も有害なもの」とは、摂取する量が多い「糖質」です。

 

 

 

 

他にも有害物質はあります。しかし、少量ですが複数あるので、全部を避けていたら食べる物がなくなります。

 

 

 

そして、努力のわりに効果が薄いです。健康にならなかったので、私は今の「少ない努力でより効果のある方法」を選択しています。

 

 

 

 

ただし、「その他の有害物質」を積極的に避けないからといって、これらを浴びても平気だ…等とは思っていません。

 

 

 

 

良くないのは分かっているけど、個人で対策するには限界があります。なので、今はその作業に力を入れていないだけです。

 

 

 

安心・安全が大好きな日本!でも何故か「健康を損ねる物質」への規制だけは甘い

 

 

 

これらは個人レベルで避けるのは無理があるので、社会全体で変えていくべきだと思っています。

 

 

 

 

現代の食品は、私達が気付いていないだけで、蓋を開けてみると、低栄養でまんべんなく汚染されています。

 

 

 

 

そのような欠点があるので、戦略的に健康食品やサプリメントを利用した方が、食品だけに頼るよりも、早く結果が出るのです。

 

 

 

 

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サプリメントが批判される理由を社会背景から考えてみた
サプリメントが批判される理由を社会背景から考えてみた

 

 

サプリメントは、知識をもって慎重に使えば、体質改善や、慢性疾患の治療に役立ちます。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、結果が出ているにも関わらず、バッシングも多いです。

 

 

前回は、その批判内容が的外れである事を説明しました。

 

 

サプリメント肯定派が批判される理由は正当なのか検証してみた

 

 

本記事はその続編で、何故有益な情報が批判されるのかについて話していきます。

 

 

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低い栄養価の食べ物と有害物質のダブルパンチ

 

 

 

まず、サプリメントを摂取した方が良い理由についてお話します。

 

 

 

 

「明らかに足りない栄養素をサプリメントで一時的に補うのは良いけど、長期間の摂取は良くないと考えている」

 

 

 

・・・と言われる方がセットとして決まって言われるのが「栄養は食事から摂取した方が良い」というセリフです。

 

 

 

その人が満足ならそれでいいのですが、この発想が広がる程、「食品に含まれる栄養が少ない事実」が見逃され、結果的に栄養不足を放置する人が増えます。

 

 

 

なので、栄養を食品頼りにする危険性について述べておきます。

 

 

 

現代の食品の栄養が欠乏している事は、20年前からすでに言われていました。

 

 

 

私は10代の時からそれを知っているのですが、何故かいまだに食品に充分栄養があると思い込んでいる人達がいます。

 

 

 

 

現代の食品の栄養価が低い事は、以下の記事で述べました。

 

 

「食べ物だけで健康を保つ」と、「食事法と栄養補助食品を組み合わせる」ではどちらが優れているか

 

 

 

しかし、栄養が少ないだけならまだマシです。

 

農薬や食品添加物といった有害物質は、栄養を浪費させます。以下はその一例です。

 

 

 

『藤川徳美医師 facebook 2017年6月13日』より引用

 

 

食品添加物の中にはZnをキレートして体外に排泄させるものもある。

 

食品添加物の中にはB6吸収を阻害するものもある(コーラの色素、など)。

 

 

 

  • Zn(亜鉛)・・・ミネラル

 

  • B6・・・・・・・ビタミンB群

 

 

 

ちなみに、日本人が日常的に摂取している食品添加物の量は、1日10gと言われています。

 

 

小さじ2杯です。年間だと3~4kgです。

 

 

 

そのうちわけは、以下のようになっています。

 

 

 

 

  • コンビニ好きの独身男性・・・・・3食合計で90種類以上

 

  • 手作りの家庭料理を食べる人・・・1日あたり50種類程

 

 

 

 

家庭料理を食べている人でこれです。

 

 

 

普通に食べていたら「質的な栄養失調」になりますよ。ならない方が不思議です。

 

 

 

で、その結果どうなるかは、以下の記事に書いています。

 

草食系男子が増える原因は、価値観の変化でも女性の強さでもなく、生殖能力に影響を与える環境である

 

 

 

 

私が「社会環境が劣悪だから栄養が欠乏している」と知ったのは20年以上前ですが、現代社会は、当時よりもさらに健康を害する社会になってしまいました。

 

 

 

 

あの時とくらべて、遺伝子組み換え食品の蔓延、通信機器による電磁波、LEDによるブルーライト…体を傷つける物質が増えています。PM2.5もありますね。

 

 

 

パソコンや携帯画面のLEDバックライトを長時間見続ける事が多いですが、LEDに多く含まれるブルーライトは問題が多いです。

 

 

 

『雲の上はいつも青空 LED電球に』より引用

 

 

「私はLEDを、トロイの木馬と呼んでいます。

 

 

私たちにとって実用的で、多くの利点を持っているように見え、省エネで、長持ちするというので、家に招き入れました。

 

 

しかし、生物学上、精神的健康を、網膜の健康を、ホルモンや内分泌の健康を、こっそりと蝕む、多くの性質を持っています 。 」

 

 

 

 

ブルーライトは殺虫効果もあるので、個体の大きい人間も何らかのダメージを毎日受けているはずです。

 

 

 

肌の対策まで必要?ブルーライトの生体への影響は深刻だった

 

 

 

LED証明と従来の証明を果物に当てて観察した実験を見ると考えさせられます。

 

 

<LEDの影響> オレンジの観察』より引用

 

 

 

 

 

切ってみたところ。右の蛍光灯のオレンジはまだみずみずしく、食べてみると、購入時と変わらず、甘くておいしい。

 

 

左のLEDのオレンジは、水分が抜け、スカスカになっている。

 

 

味見をしてみると、刺激のある苦みが、いつまでも口に残る。(5/17)

 

 

1週間、蛍光灯とLEDの光にそれぞれ当てたオレンジは、2日後ぐらいから、明らかな違いが出て、1週間後、まだおいしく食べられるものと、とても食べようとは思えないものとに、はっきりと分かれました。

 

 

LEDのオレンジのほうは、味も、明らかに変わってしまっていて、身体への影響を思うと、やはりLED照明のスーパーで販売されているものを食べるのは、避けたいなと思います。

 

 

毎日、どんどんしわしわになっていく、オレンジの皮を見ていたら、LED照明を浴び続けると、人間の皮膚もこうなってしまうのではと、怖くなりました。(5/17)

 

 

 

PM2.5は有害だと認識していますが、LEDは安全という建前で蔓延しています。しかも白熱球が淘汰される流れになっています。

 

 

 

電磁波はどうなのか分からないですが、海外では問題視されています。

 

 

 

これらの有害物質にさらされると、体は回復の為に、せっかく摂取した栄養素を消費します。

 

 

 

例えば、目を酷使すると、修復の為にアミノ酸の一種の「システイン」が消費されます。システインは毛髪生成の材料なので、これが不足すると薄毛の原因になります。

 

 

 

特にブルーライトは目にダメージを与えますから、当然システインも減ることになります。

 

 

 

 

ディスプレイを眺める時間が少なく、システインの減り具合も少なかった昔の感覚と同じでいいのか?ということです。

 

 

 

 

有害物質に囲まれているので、それらがなかった昔に比べて、解毒、回復をし続けなければならない。

 

 

 

そしてそれをする為の栄養素は大量に必要になってくるでしょう。

 

 

 

 

食べ物自体に栄養素が含まれていない事も問題ですが、例え栄養を摂っていても、有害物質によるダメージの回復で浪費する事も問題です。

 

 

 

 

時々サプリメントを摂り始めた方が、メールやコメントで、「効果があるのは分かるけど、人間はこんなにサプリメントを飲まなければいけないのか?と考えてしまう」と語られる事があります。

 

 

 

それは、「サプリを摂らないといけない程、普段食べているものが低栄養な事」と、「有害物質の蔓延による体へのダメージの大きさ」に気付いていないだけです。

 

 

 

栄養は食品から…というのは、言い換えると

 

 

 

「栄養スカスカの食品から栄養を摂った気になって下さい、有害物質で体にダメージがある事は考慮しないで下さい」

 

 

 

・・・と言っているに等しいです。

 

 

 

食品で栄養を摂った気になっているので、栄養不足になっていても気が付きません。

 

 

 

世の中にはオーガニックの食品を買い求め、デトックスグッズをコレクターし、必死になって有害物質を避けている人もいると思いますが、完全に避けるのは不可能です。

 

 

 

「手作りの家庭料理を食べている人」でさえ、食品添加物を1日50種類程も摂取してしまっているのですから…。

 

 

 

また、避けられるものもありますが、電磁波やLEDのように避けられないものがあります。避けようとすれば、社会生活が困難になるので、受け入れざるを得ないのです。

 

 

 

そして、拘りの食品は高いです。その為、ある程度お金に余裕がないと継続が難しいです。

 

 

糖質制限をする前、自然農法の野菜をよく買っていましたが、普通の野菜より高くて、サイズも小さめです。

 

 

確かに普通の野菜に比べて栄養価が高く安全なのかもしれませんが、これを家族がお腹いっぱい、毎日食べるとしたら家計に負担がかかります。

 

 

 

私の母は栄養には関心がある方なので、父が退職するまでは、食品に拘っていましたが、年金暮らしになった途端、それを維持するのが難しくなりました。

 

 

 

 

品質の良い食材を買い続ける事は大変だと思います。

 

 

 

それに、自然…と言っても、品種改良されていますから、どういう育て方をしても不自然なのです。

 

 

 

そして、「サプリメントは不自然で、食品は自然」という発想も変な話です。

 

 

 

こだわりの食品ばかり食べている人はともかく、多くの人は「化学肥料で育てられた野菜」も日常的に食べていると思います。

 

 

 

 

 

  • 化学肥料などで人工的に栄養を与えそれを吸収してできた野菜

 

 

 

  • 人工的に栄養をカプセルや錠剤に加工したサプリメント

 

 

 

 

・・・表面は違いますが、元は人工的に手が加えられている・・・という点は共通しています。

 

 

それなのに、前者が自然で、後者が自然じゃない…というのは、どういう判断基準なのでしょうか。

 

 

 

これは肉、魚、卵もそうです。安いもの程、人工の薬とか栄養が加わっているはずです。

 

 

 

本当に自然の食べ物は、山菜とか、ジビエとか、限られた物だけではないでしょうか。

 

 

 

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薬とサプリメントはどちらが良いか

 

 

社会や食品がこの状態ですから、「栄養が欠乏することによって起こる疾患」にかかると改善は困難です。

 

 

 

食品の場合、カロリーが足りて、とりあえずお腹はいっぱいになるでしょうが、栄養が足りないので、食っても食っても追いつかないわけです。

 

 

 

足りなければ改善しません。

 

 

 

そこで、サプリメントに頼れば良いですが、サプリメントが嫌な人もいます。

 

 

 

そんな人が次に頼るのは…でしょうか。

 

 

 

例えば、「うつ」や「パニック障害」を栄養療法を使わずに治そうとした場合、どうなるのか、ちょっと調べてみました。

 

 

 

治らないだけならマシで、薬漬けになっているケースが目立ちます。

 

 

 

以下は海外の話です。たくさんある中の一部、「精神医学の標的となる子供たち」を紹介します。

 

 

 

 

 

「抗癌剤」や「スタチン」について調べた時も酷かったので、もう驚きませんが、「精神薬」の実態について調べてみるとこちらも相当酷いです。

 

 

 

何が酷いのかというと、薬の質…もですが、それを取り巻く社会環境です。

 

 

 

そして、動画は海外の学校の話ですが、日本も全く無関係ではありません。

 

 

 

『クローズアップ現代“薬漬け”になりたくない ~向精神薬をのむ子ども~』より引用

 

 

学校で問題を抱えた子どもが病院を受診し、薬をのむケースは最近、増えているといいます。

 

 

フリースクールの理事長奥地圭子さん。

 

 

ここ数年、子どもたちがすぐに、医療につなげられる傾向に疑問を感じてきました。
奥地さんは、全国の親の会に呼びかけて、子どもと医療の実態についてのアンケートを実施しました。

 

 

その結果、学校に通えない子どもの7割が精神科を受診。

 

 

さらに、その7割が向精神薬をのんでいました。

 

 

「学校から医療へのハードルが低くなり過ぎ、危険だと感じる。」

 

 

「これでは薬漬けになってしまうと、恐怖を感じている。」

 

 

「今は大変、薬が多剤、多量投与になっちゃってて、どうしてこんだけの薬がいるんだろうっていうくらいに出ます。果たして子どもにとっていいんだろうかっていう非常に大きい問題をつきつけられていることがわかる。」

 

 

 

このような実態を放置していたら廃人が増えます。

 

 

 

以前から、精神科系の病気は他の疾患に比べて生活が困難になるような気がしていました。

 

 

 

他の慢性疾患は、働きながら闘病したり、一時的に入院したり、困難ではあっても普通の生活ができる事もあります。

 

 

 

知り合いの70歳の保険外交員のおばちゃんは、抗癌剤治療をしながら仕事をしていました。癌でも仕事はできるわけです。しんどいとは思いますが。

 

 

 

 

それに比べて、うつやパニック障害は、聞く話だと、何年も闘病して仕事もできないし改善しない…というイメージが強いです。

 

 

 

 

私の知り合いでこのような疾患になったのは、学生時代の友人3人です。

 

 

 

このうち2人は若いのに何年も働けない状態です。1人は合う事ができたので栄養療法の事を話ましたが、他の2人は現在接点がないのでどうしているのか分かりません。

 

 

 

その様子を聞いて、何故精神科系の病気は治らないんだろう、何年もかかるのか?という疑問が常にありました。

 

 

 

働き盛りの若い人が何年も仕事ができないというのは、ただ事ではありません。

 

 

 

友人がそうなってから、飲んでいる薬が悪いのではないかとは前々から思っていましたし、私以外の友人も「あんなものを飲むからおかしくなる」と言っていました。

 

 

 

その後、藤川医師の記事から、うつやパニックに栄養状態がかなり影響していて、サプリメントを使う事で改善しやすくなる事を知ったわけですが、そういう方法があるなら拡散するべきだと思いました。

 

 

 

その時に一番に考えたのは友人の事です。

 

 

 

このような障害が栄養療法で改善できる事が一般的になっていて、彼らがもし、早いうちから栄養療法を行なっていれば、もっと違った結果になったのではと思うわけです。

 

 

 

薬漬けになる事を考えたら、サプリメントを使う事はメリットが大きいと思います。

 

 

 

 

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私がサプリメントの使用を肯定している理由

 

 

私が何故サプリメントを使った方が良いと考えているのかについてお話します。

 

 

 

スーパー糖質制限だけでも体質が変化し、健康で若々しくなります。しかし、それだけでは不十分です。「質的な栄養失調」の半分を解決したに過ぎないからです。

 

 

 

「タンパク質」や「脂肪酸」は非常に大事ですが、「ビタミン」や「ミネラル」を不足させない事も大事です。

 

 

 

でも私は、ビタミンやミネラルを野菜や果物ではなく、サプリメントから摂る事を勧めています。

 

 

 

野菜や果物は糖質が多いからです。

 

 

 

健康の為に頑張って食べようとすると、必ず量が増えて糖質量が増します。

 

 

 

糖質の危険性を訴えながら、ビタミンやミネラルは野菜や果物で摂りましょう…等と言えば、結局それは糖質に誘導している事になります。

 

 

 

つまり、糖質制限の効果を落とす事になるのです。

 

 

野菜や果物は健康的というイメージの盲点。ビタミン・ミネラルに注目しすぎる事で気付かれない糖質の害

 

 

 

 

そして、回復のスピードの速さも、サプリメントの使用を肯定する大きな理由です。

 

 

 

私は虚弱体質で30年以上過ごしたので、損をしたと思います。

 

 

 

もっと健康であれば選択肢も増え、具合が悪くなる事で人に迷惑をかけることなく、楽に楽しく過ごせたはず…と、体が丈夫になった今は思います。

 

 

早く健康になった方が質の良い人生をおくれます。

 

 

 

精神科系の疾患に限った話ではないですが、サプリメントを利用すべき場面ではさっさと利用して改善させた方が、泥沼にはまらなくて済みます。

 

 

 

しかし、「栄養価の低い食品」を食べ続けている現代人がサプリメントを拒否すると、以下のルートに進む可能性が高くなります。

 

 

 

 

様々な社会毒の蔓延

 

 

病人が続出

 

 

食品で治す事を勧める

 

 

栄養が少ないので治りが悪い

 

 

症状が治まらないので即効性を求めて薬に頼る

 

 

薬漬け

 

 

 

 

 

 

薬漬けにさせる為に、社会毒を蔓延させ、サプリを「危険だ」と言って飲ませないようにしているようにも見えます。

 

 

 

と同時に、社会毒が蔓延している事に目を向けさせないように、有害な物を安全であるかのように語るわけです。

 

 

 

 

 

 

糖質制限をしたり、サプリメントを飲む事で慢性疾患が改善します。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この有益な情報が、何故か無視されたり、バッシングされるのは、こういった理由があるからです。

 

 

 

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有益な情報・治療法ほど叩かれる

 

 

有益な情報・治療法は叩かれる

 

 

 

・・・等と言うと、「ありえない」と拒絶反応する人が大半です。

 

 

 

しかし、残念ながら人々にとって有益な治療法は葬られてきた歴史があります。「ありえない」と思う人は知らないだけです。

 

 

 

なので、読者の方に教えて頂いた、「ロイヤル・レイモンド・ライフ博士」の例を紹介します。

 

 

 

ライフ博士は、60000万倍の倍率の顕微鏡で、世界で初めて生きたままウイルスを観察した人です。

 

 

そして、光を使って、正常細胞に影響することなく、ターゲットのウイルスを破壊する治療法を開発しました。

 

 

 

『THINKER がんは光で簡単に殺すことができた!』より引用

 

 

ライフ博士は、 すべての物質と同様に、目には見えないレベルでウイルスもそれ独自の振動数で、振動していることに着目しました。

 

 

そして、そのウイルスと共振する周波数の光を照射して、ウイルスをさらに振動させました。 微生物がその構造的な形を維持するのに耐えきれなくなるまで照射レベルをさらに上げてやると、ウイルスの形は歪み、崩壊してしまうのです。

 

 

ライフ博士は、この周波数を「致死反応振動数(MOR)」とよびました。

 

 

そして、 この「致死反応振動数(MOR)」の光は、ウイルス以外の周りの正常な細胞には、いっさい害を与えないのです。

 

 

また、 電気を使用した治療法なので、実質的にわずかな電気代しかかからないため、治療費もたいへん安いものでした。

 

 

脱毛などの副作用に苦しんだりすることもなく、患者は、すみやかに治療されて、無事に家族の元にもどれるのです。

 

 

抗がん剤を用いた化学療法や放射線療法や外科手術のように命を危険にさらす必要もありません。

 

 

 

で、その効果か以下になります。

 

 

 

1934 年、南カリフォルニア大学は、特別医療研究委員会を設立して、ミルバンク・ジョンソン博士のパサデナ郡立病院の末期がん患者を対象にライフ博士の研究所でがん治療実験を実施しました。

 

 

その研究チームには医者や病理学者が加わり、患者の診察を行いました。

 

 

3 カ月の診療の後、委員会は 86.5 %の末期がん患者が完全に治癒したと報告したのです。

 

 

さらに治療は継続され、残りの 13.5 %の患者も 4 週間後にはこの治療によって完治してしまいました。ライフ博士の技術による治癒率は何と 100 %だったのです。

 

 

現代の最先端治療でさえ、がんの平均治癒率は、 15 ~ 30 %と言われていますから、この数値が、どれほど驚くべきものかおわかりになるでしょう。

 

 

 

お金がかからず、安全な治療法を開発したライフ博士がどうなったかについて紹介します。

 

 

悲劇の兆候は、まずライフ博士を買収することから始まりました。

 

 

1934 年 には、米国医師会の株式をすべて所有していたモーリス・フィッシュベイン氏が、弁護士をよこして、ライフ博士の治療法の独占権を渡すよう要求しました。しかし、ライフ博士は、それを断ったのです。

 

 

(中略)

 

 

まず、ライフ博士の研究所からフィルムや写真や研究書類の多くが盗まれました。しかし、容疑者が逮捕されることはありませんでした。

 

 

そして、ライフ博士の研究を立証するため、何億円もかけて設立されたニュージャージー州のバーネット研究所が放火されたのです。

 

これによって 、ライフ博士も窮地に立たされました。というのは、コンピューターがなかった時代にこれらのデータを復元することは大変なことだからです。

 

 

さらに、ライフ博士の貴重な顕微鏡は何者かによって、破壊され、 5682 もの部品が盗まれました。

 

 

そして、最後にとどめを刺したのは、警察による令状なしの捜索と違法な没収です。これにより、 50 年に渡るライフ博士の研究の残骸もすべて処分されてしまったのです。

 

 

 

ライフ博士は、最後は精神安定剤とアルコールの過剰摂取で亡くなっています。

 

 

実に気の毒です。

 

 

 

ですが、このような話は氷山の一角です。

 

 

 

 

これは強引に叩いた例ですが、手口はこれだけではありません。よく行なわれるのはイメージ工作です。

 

 

 

サプリメントを正しく使えば問題ないのに、「不適切な使い方をして失敗した例」だけをピックアップし、それが「サプリメントを飲む事自体」が危険であるかのように言ったり、

 

 

 

糖質を中途半端に減らしてタンパク質や脂質をしっかり摂る「なんちゃって糖質制限」で体調を崩した例を根拠にして、慢性疾患が改善する「スーパー糖質制限」が危険であるかのように語ったり、

 

 

「鉄不足の人は食事では追いつかないから、足りるまでサプリメントで補うと効果が早く、足りている人は飲む必要がない」と主張しているにも関わらず、「だれでも鉄をサプリメントで補う」ように主張しているかのようにすり替えてバッシングしたり、

 

 

 

このような方法で信憑性を落としていくわけです。

 

 

 

否定する事が目的ですから、根拠など適当です。ちなみに、ライフ博士の研究に対してもこのような事がありました。

 

 

 

また、当時ライフ博士の顕微鏡でウイルスが様々に形を変化する様子を目撃した科学 者とそれを見たことのない科学者との間では、激しい論争が起きていました。

 

 

当時、影響力のあったトーマス・リバーズ博士などは、何の調査をすることもなく、ウイルスの形態変化を否定します。

 

 

リバーズ博士の顕微鏡では、これらのウイルスの形態変化は観察できなかったため、彼は、「このウイルスの形態変化説というものには論理的根拠がない」と論破したのです。

 

 

 

歴史は繰り返すです。

 

 

 

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海外のサプリメントと国産のサプリメント

 

 

サプリメントを肯定する人達には、「海外のサプリも積極的に使う派」と「国産のサプリにこだわる派」がいます。

 

 

 

 

 

私は中身重視なので、海外のサプリでも使う派です。ブログで現在iHerbでサプリを購入している話もしています。

 

 

 

 

「国産のサプリにこだわる派」の人達が、時々海外のサプリを批判しているのですが、それを読んだ読者の方が不安がるので、その件についても述べておきます。

 

 

 

 

私は数社の様々な健康食品を子供の頃から飲んできたわけですが、そのどれも全て高価で高品質でした。

 

 

 

もちろん全て国産です。

 

 

多くの日本人は「メイドインジャパンは品質が良い」と認識していると思いますが、健康に関しては当てはまらないことも多いです。

 

 

 

以下の記事でもお話しましたが、日本は健康に対する認識が甘く、有害物質に対する規制も緩いからです。

 

 

安心・安全が大好きな日本!でも何故か「健康を損ねる物質」への規制だけは甘い

 

 

 

その為か、高品質(つまり、愛用している人の体調が明らかに改善する)な商品を扱っているこれらの会社は、ほぼ、自社商品の品質が海外(アメリカ)で認められた事を強調していました。

 

 

アメリカで認められる事は大変なんだ、それをクリアしたのだから品質には自信を持っている…ということをアピールするわけです。

 

 

セミナーであればスクリーンに、パンフレットであれば1ページを使って、それを証明するような写真や文章を掲載していました。

 

 

そういうのを見て、子供ながらに「あぁ、日本は規制が緩いんだな、海外で認められるような品質の方が良いんだな」という事を感じました。なので、

 

 

 

 

サプリメントは国産が良い、海外(アメリカ)の製品は良くない

 

 

 

 

・・・等という話を読むと笑ってしまいます。

 

 

 

 

高品質な国産サプリメントを長年売っている会社程、「海外の厳しい条件で認められた事」を誇りにしているわけです。その規制の厳しい海外で流通しているサプリメントが良くない…というのは酷い矛盾だからです。

 

 

 

だいたいピンからキリまであるのに、一概に「国産であれば良くて、海外であれば悪い」とひとくくりにしてしまうのも無理があります。

 

 

 

“国産”、“海外”という肩書きだけを見て中身を見て判断していないのです。

 

 

 

その程度の判断基準、分析能力しか持ち合わせていない人が、観察力が必要な栄養療法指導がまともに務まるのか疑問です。

 

 

 

 

私は「国産だろうが、海外だろうが、品質の良いものは良い、悪いものは悪い」と考えています。結果が出ればOK、安ければなお良しというスタンスです。

 

 

 

 

 

今は安いのでiHerbで海外のサプリばかりを頼んでいますが、結果的に安全で健康になるならどちらを使っても構わないと思っています。

 

 

 

ただ、高品質で低価格なので、圧倒的に海外の製品が使いやすいし、人にも紹介しやすいのは事実です。

 

 

 

 

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サプリメントの今後

 

 

緩い糖質制限をして体調不良になったり亡くなった方がいると、それを契機にして、糖質制限全体が悪いかのようにイメージ工作してバッシングされました。

 

 

 

それと同じで、今後、「いい加減にサプリメントを摂取して体調を崩した人」、あるいは、「鉄の安全な量を無視して飲んで具合が悪くなった人」が表れた場合は要注意です。

 

 

 

それを契機にして、「サプリメントの摂取自体」や「鉄をサプリメントで摂る事自体」を大々的に批判する可能性があるので、ここで釘をさしておきます。

 

 

 

 

このような事態になれば、結果的にそれで割を食うのは、栄養不足による疾患を抱えて生活に影響がでている人達です。

 

 

 

 

無理に食事だけで解決しようとした場合、必要な栄養が足りなくて、長年不快な症状と共に過ごさなくてはなりません。

 

 

 

例えば、糖質制限も鉄が足りないと、頑張っても上手くいきません。

 

 

 

栄養の不足によって、時には命に関わる事もあります。

 

 

 

それがいかにしんどい事かは、体験した人でないとわかりません。

 

 

 

サプリメントは、このような状態を次々に改善させています。100%万能ではありませんが、使い方次第でパーセンテージを上げる事は可能です。

 

 

 

しかし、快く思わない人もいます。

 

 

「サプリ=危険」という刷り込みをされれば、本当は改善する手段があるのに、無視する選択をとるでしょう。

 

 

 

確認せず流される人が多いからです。

 

 

 

専門家でさえ、批判する相手の情報の内容をきちんと読まないのですから、一般の人はもっと確認しないでしょう。

 

 

 

「サプリ=危険」という概念が、「不健康で困っている人が健康になるチャンス」を奪っているのです。

 

 

サプリメントを効果的に使うには知識、観察力が必要なのは事実です。適当に使えば失敗もするでしょう。

 

 

でもそれは、サプリメントに限りません。説明書を読まずに雑に扱えば、どんな事であっても失敗しやすくなります。

 

 

 

 

サプリメントは状況を見ながら慎重に扱えば確かに効果があります。

 

 

 

その情報が歪められて、必要な人に届かないような社会にしてはいけないのです。

 

 

 

ライフ博士のような人が叩かれて、損をするのは一般の人です。

 

 

 

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サプリメント肯定派が批判される理由は正当なのか検証してみた 
サプリメント肯定派が批判される理由は正当なのか検証してみた 

 

私は糖質制限やサプリメントで健康管理をしているので、その方法をブログで紹介しています。

 

 

なので、健康相談のメールやコメントがよく届きます。

 

 

内容は様々ですが、サプリメントに対して不安をもたれている方は結構多いです。

 

 

 

最近も「鉄をサプリメントで摂取する事」の問題点を指摘されました。

 

 

 

何故「鉄」かと言うと、私が以下のような記事を書いているからです。

 

鉄の過剰摂取は危険という考えを改めます。鉄サプリを半年間飲んでみて思う事

 

 

 

読んでいない方の為に内容を簡単に説明します。

 

 

 

私は女性なので、生理によって毎月「鉄」と「タンパク質」を失います。

 

 

 

生理がある女性は「鉄不足」になりやすいのです。

 

 

 

この「鉄不足」を放置すると、様々な慢性疾患につながります。

 

 

 

また、「鉄不足」で妊娠、出産をすると「産後うつ」の原因になったり、生まれてくる子供の健康状態にまで影響します。

 

 

発達障害を遺伝として片づけない。母親の鉄不足が子供の脳に与える影響とは

 

子供の歯並びが悪くなる真の原因。骨格的な不正咬合の予防は母親にかかっている

 

 

 

失ったら食事から摂取すればいいだろう…と思われるかもしれませんが、食事に含まれる量では足りません。微量なので歯が立たないのです。

 

 

 

生理がある女性の場合は、サプリメントを使わないと鉄不足の解消は難しいです。

 

 

 

私も鉄のサプリメントを飲むまでは、鉄が足りているかどうか測る「フェリチン」は低いままでした。

 

 

フェリチンと鉄不足について分かりやすく説明してみた

 

 

 

私が鉄不足の問題点に気付き、鉄のサプリメントを飲むキッカケになったのは、藤川徳美医師です。

 

 

 

心療内科のお医者さんで、栄養療法も積極的に行なわれています。

 

 

 

彼のfacebookや本は、私が行なっている糖質制限や、メガビタミン等の知識が豊富につまっており、常に勉強させてもらっています。

 

 

 

藤川医師やその他の人の情報を参考に、鉄を始めとしたサプリメントを飲んで1年半経ちました。

 

 

これで結果がでなければ肯定はしませんが、

 

 

 

サプリメントを飲む事によって、食事だけでは起こらなかった良い変化が次々と起きているので、鉄に限らず、私はサプリメントを利用する事は良い事だと思っています。

 

 

 

何を飲んでどうなったか…という途中経過は以下の記事に書いています。

 

私が2017年に飲み始めたサプリメントと、変化した健康状態

 

 

 

私は鉄不足をサプリメントを使って解消する事はもちろん、その他のサプリメントの使用もブログで肯定しているので、不安な人にはなるべく細かく説明するようにしています。

 

 

 

似たような質問が多いので、読者さんのやり取りを元に、「鉄をサプリメントで摂取する事の問題点」に対する私の考えを3回にわたって記事にしました。

 

 

ウコンが原因と見られる肝臓の障害は、本当に鉄が問題なのか考えてみた

 

 

サプリメントを過剰摂取しても問題ないケースと、その結果について

 

 

良い栄養状態の判断基準

 

 

 

 

このようなやり取りは何度かあるのですが、いつも違和感を感じていました。それは以下の2点です。

 

 

 

 

  • サプリメントの摂取に対する恐れが過剰

 

 

  • 鉄をサプリメントで摂取する事に対する批判が、的外れ

 

 

 

 

 

鉄をサプリメントで摂取する事や、藤川医師を批判している記事を、これまでも何度か見てきたのですが、それも同じ傾向です。

 

 

 

 

わざとやっているのか、誘導されてそのようにしているのか分かりませんが、

 

 

 

どちらにせよ、これによって損をするのは、「正しい情報を必要とする人達」なので、そのカラクリを解説しておきます。

 

 

 

 

一応、前回の続きになるので、先に3つの記事を読む事をおすすめします。

 

 

 

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藤川徳美医師の主張について

 

 

 

藤川徳美医師と言えば「鉄」で有名ですが、彼の記事、動画、本を調べると、鉄だけを勧めているわけではありません。

 

 

 

男性のうつは糖質過多が圧倒的…とも発言されているので、同じ症状でも原因が違う事、対処法が違う事をしっかり把握されています。

 

 

 

様々な情報を発信されていますが、心療内科の先生なので、必然的にその分野の疾患を改善させた話を語られる事が多いです。「うつ」とか「パニック障害」とか「統合失調症」…等です。

 

 

 

従って、これらの疾患の原因である「糖質過多」や「鉄不足」の患者さんと接する機会が多いので、その改善策に「糖質制限」や「鉄不足の解消」が目立つのは当然と言えます。

 

 

 

 

「鉄不足の症状」にフォーカスして掘り下げている時は、鉄不足とその危険性を強調されます。

 

 

 

ですが、これは「問題」に対する「解答」を述べられているのですから、理論的におかしくはありません。

 

 

 

 

しかし、人によっては、その様子が「いかなる時も、どんな人に対しても、鉄だけが大事であるかのように主張している」ように見えるのかもしれません(私には見えませんが…)。

 

 

 

 

前回も言いましたが、

 

 

 

 

藤川医師が「鉄不足とそれによる問題」を強調される時は、最初から最後まで話をきちんと読むと、「鉄不足の症状」について語られている時です。

 

 

 

サプリメントを使う場合は、どのくらいの量を、どのくらいの数値まで摂ればいいのか、具体的な数字でハッキリと示されています。しかも、その根拠は大勢の患者さんです。

 

 

 

また「症状の原因」が違う時は、それに合致する栄養素が必要である事を詳しく述べられています。他のミネラルだったり、ビタミンだったり、タンパク質だったり…。

 

 

 

いつも鉄だけを強調しているわけではありません。

 

 

 

私には「質的な栄養失調」にならないようにする為に、全ての栄養素について、時間をかけて満遍なく説明されているように見えます。

 

 

 

「質的な栄養失調」とは、

 

 

 

糖質過多、タンパク質不足、脂肪酸不足、ビタミン不足、ミネラル不足

 

 

 

…のことを指します。ちなみに、バランスよく食べている人は、この状態になっています。

 

 

 

しかし、栄養素は種類が多いので一度に全てを語るのは困難です。

 

 

 

それに、物事には事を円滑に進める為の優先順位というのがあります。要となる情報から順番に説明していった方がいいわけです。

 

 

 

このケースで優先して発信した方がいい条件とは、例えば、

 

 

 

  • 多くの人がわずらっている疾患に関わる栄養素

 

 

  • 多くの人が不足しやすい栄養素

 

 

  • タンパク質等の、働きの軸となる栄養素

 

 

  • 重要なのに社会的認知度が低い栄養素

 

 

 

・・・です。日本人の場合は、タンパク質不足、鉄不足、ビタミンB群不足、糖質過多です。

 

 

 

従って、藤川医師は、鉄だけでなく、これらの栄養素についても繰り返し述べられています。

 

 

 

既に多くの人が認識していて、問題視しているならいいですが、ほとんどの人は無関心です。そして、それを起因とする疾患が蔓延しています。

 

 

 

ここを改善せずに他の栄養療法をやると効率が落ちますし、そのせいで、ザルで水をすくうような効率の悪い健康法をしている人も大勢います。

 

 

 

 

ハッキリ言って、時間手間の無駄です。

 

 

 

 

それは、糖質過多やタンパク質不足を放置して健康食品を飲んで、虚弱体質が改善しなかった私にも当てはまります。

 

 

 

多くの人がこのような無駄な事をしなくても済むように、優先順位の高い情報は社会認知されるまで、何度も繰り返し強調するべきでしょう。(そのせいで、他の情報を紹介するのが遅れたとしても、それはそれで、「他にも大事な事はあるよ、これだけじゃないよ」と一言言って、後で説明すれば済むことです。その後で述べる内容も、優先順位の高い事をしていなければ効果が薄れるわけですから。)

 

 

 

知っている者の責任として私でもそう思います。

 

 

 

関心の無い人に対しては何度も繰り返し言う必要があるのです。

 

 

 

しかし、だからといって、その「強調している事」だけが全てなわけではありません。

 

 

 

話を戻しますが、藤川医師が鉄過剰について述べられている時、それは「鉄不足の症状」にフォーカスしているからこその、回答なのです。ちまたにある「〇〇を摂れば全て良くなる」的な内容では一切ありません。

 

 

 

鉄に限らず、その他のミネラル、ビタミンも重要であることは何度も繰り返し述べられています。これは熟読している人なら理解できます。

 

 

 

彼は大局的には、「質的な栄養失調」を改善させる事が大事であると主張されています。つまり、糖質過多、タンパク質不足、脂肪酸不足、ビタミン不足、そしてミネラル不足は良くない…という意味です。

 

 

 

その中で、日本人が優先的に改善した方が良いことの1つとして、鉄不足やビタミンB1の不足が挙げられているのです。これらは、あくまで局所です。

 

 

 

鉄不足だけを気をつけろとか、単体で特定の栄養素だけを摂れ…等とは言っていません。

 

 

 

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藤川徳美医師がfacebookや本で主張している事を検証してみた

 

 

 

ここで、藤川医師が実際にどのように語られているのか、記事や書籍をいくつか見ていきます。

 

 

 

以下の記事では、欧米人は鉄不足が稀である事を指摘されています。そして、鉄ではなく、彼らが不足しやすい栄養素について述べられています。

 

 

 

『藤川徳美医師 facebook 2014年12月28日』より引用

 

2-2.経口投与

 

 

鉄剤経口投与は必要量だけトランスフェリンと結合し、吸収される

 

鉄剤経口投与による遊離鉄過剰は理論的にあり得ない

 

 

鉄過剰症の判断はフェリチン値

 

鉄経口投与で過剰症にはなりにくい(溝口徹先生の講演資料ではほぼならないと記載)

 

欧米の基準ではフェリチン100以下は鉄不足

 

欧米では鉄不足は少ない様子、アメリカの栄養療法の本でも、亜鉛不足、マグネシウム不足、ヨウ素不足、リチウム不足、の次に鉄不足が記載されていた

 

 

→肉食が主体の欧米では、ベジタリアン以外は鉄不足にならない

 

 魚介類摂取が少ないため、亜鉛、マグネシウムが不足しやすい

 

鉄不足より鉄過剰への言及が多い

 

 

 

 

 

以下の記事では、目標値に達する期間と、それに達したら鉄を終了する事が書かれています。

 

 

『藤川徳美医師 facebook 2015年7月27日』より引用

 

 

ちなみに50歳以上の女性でも10-20%に鉄不足を認めますが、鉄剤投与6-12ヶ月でフェリチン値は十分上昇するため、その時点で鉄剤処方は終了となります

 

 

 

 

また、症状に合わせて治療法を選択する事も書かれています。栄養療法だけ、鉄だけ、ではありません。

 

 

 

『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった / 著者:藤川徳美』より引用

 

 

それでは、初診時で、フェリチン値が31~50の人はどうでしょうか。

 

 

私の基準では、鉄不足という判断になりますが、一般的にはギリギリのラインかもしれません。

 

 

いずれにせよ、フェリチン値はまず、50超えを目標として、鉄剤を処方します。

 

 

こうした、フェリチン値は低いが、極端に低くはないという患者さんの場合には、栄養以外の問題、つまり、睡眠の問題や、家庭や職場の人間関係などの心理社会的因子の関与も大きい可能性がありますので、それに適した療法を併用しながら様子をみていきます。

 

 

 

(59p)

 

 

 

 

以下は、男性や閉経女性の鉄剤投与への慎重さが伺えます。

 

 

男性の鉄不足は極めて稀です。極端な低タンパク食やベジタリアン、もしくは痔出血がある人などに生じる場合があります。

 

 

女性と異なり、鉄剤投与によりフェリチン値は速やかに上昇します。

 

 

この症例の場合、毎月フェリチンが10ずつ上昇しています。

 

 

このような患者さんに、年単位で鉄剤を漠然と投与してしまうと、鉄過剰症のおそれもあります。

 

 

ですから、男性、そして50歳以上の女性は、フェリチン値を見ながら、どの時点で鉄剤をやめるかの判断が重要となります。

 

 

一方、月経で鉄を失う15歳から50歳までの女性は、いくら鉄剤を継続しても、フェリチンが100に届かない人が多く、鉄過剰症の心配はほとんどないでしょう。

 

 

(143p)

 

 

 

また、過去のインタビュー動画をみても、男性はあえて鉄剤を飲む必要がない人がほとんどだと述べられていました。

 

 

 

色々調べましたが、

 

 

 

フェリチンが充分ある閉経女性や男性は飲む必要はない、鉄が足りている欧米人のような人は、鉄よりも別の栄養素を摂る事が適している・・・としっかり説明されています。

 

 

 

 

 

く ど い ですが、

 

 

 

藤川医師、そして、それに影響を受けている人達が、鉄サプリを飲むように勧めている対象は、「フェリチンが少ない人」です。

 

 

 

藤川医師はどんな人が飲めば良いのか、どのようにして量を調節し、どういう結果になったのか、大多数の患者の例を具体的に出しながら、フェリチンの目安、フェリチンを測れる病院、サプリも複数メーカを提示されています。

 

 

 

中学生程度の国語力があれば、どこからどう見ても、「鉄不足じゃない人まで鉄を摂りなさい」…等と主張されていないと読み取ることができます。

 

 

 

これが「鉄は必要だから誰でもたくさん飲みましょう」等と言っているなら、確かに危険です。それなら私も警戒します。

 

 

 

しかし、そんな主張はしていないのですから、警戒も批判もする必要がありません。

 

 

 

その情報を一切読まずに、危険危険と言っている人達に違和感を感じます。

 

 

 

 

批判するだけ批判しておいて、「藤川医師も誰でも飲めとはいっていないと思いますが…」的な事を付け加えられていたりますが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なら問題ないだろうが

 

 

 

 

・・・と彼の情報を読み込んでいる私は思うわけです。

 

 

 

「ある問題行動をしていない」のにも関わらず、まるでその行動を行なっているかのように決め付け、それに対して文句を言っているのですから、空論もいいところです。

 

 

 

この件で言えば、「フェリチンが不足していて鉄が必要な人に鉄サプリを勧めている」という事実があるにもかかわらず、

 

 

まるで、「不特定多数に鉄サプリを際限なく勧めている」かのような言い方で、過剰!危険!とわめいているのです。

 

 

 

 

全てひとくくりにして「鉄サプリの摂取を勧めるのは危険」とするのは、誤解を与える表現です。

 

 

 

 

これは、藤川医師や鉄をはじめとするサプリに対して、「悪イメージ工作」を行なっているようなものです。

 

 

 

 

こうやって騒ぐことによって「サプリメントを摂った方が良いと主張する奴は、頭のおかしい奴である」というイメージ付けを行なっているともとれます。

 

 

 

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過剰の基準

 

 

前回、ミネラルは複合的に比率よく摂取する必要がある事をお話しました。

 

 

 

単体で過剰摂取をすると、他のミネラルの吸収を妨げたり、体に不具合が起きるからです。

 

 

それはそうなのですが、この一面だけを見て「単体の大量摂取=過剰だ」と反応するのは間違いです。

 

 

 

前提条件によっては、単体の摂取であっても過剰にはなりません。

 

 

 

 

ある単体が、他の物質に比べて過剰に欠けていたら、他のもの以上に補う必要があります。

 

 

 

例えばA、B、C、Dがマイナス2で、Eがマイナス5だった場合、A~Eを全てプラス2ずつ摂っていたのでは、Eだけはマイナス3のままです。

 

 

 

この場合、マイナスが多いEだけプラス5にするのは適切です。

 

 

 

 

日本人は鉄不足に対する国策が行なわれていないので、生理がある女性は鉄不足になりやすいです。

 

 

不足になりやすい環境だからこそ、多く摂る必要があります。欠けたままにしておく方が問題です。

 

 

 

これが仮に、不足分以上に、プラス6とか10とか摂っていたら問題かもしれませんが、そんな事をしろとは言っていないわけです。

 

 

 

Eはマイナスが他と比べて多いから、満ちるまで摂りましょう…と言っているので問題はありません。

 

 

 

大量=過剰 ではなく、

 

許容量を越えた=過剰 なのです。

 

 

 

従って、大量であっても許容量に達していなければ不足になり、反対に、少量であっても許容量を越えていればそれは過剰にあたります。

 

 

 

・・・このように、条件によって「過剰の基準」は変わります。

 

 

 

 

そして、大量と言っても、見境なしに飲めとは主張されていません。1日に摂るサプリの量を具体的に提示されているので、その容量を守って、数ヶ月かけて、上げていけば安全です。

 

 

 

 

量だけを見て、「過剰だ、過剰だ」と判断するのは考えが浅いと思います。

 

 

 

 

鉄単体を許容量を越してまで摂れとは言っておらず、1度に飲む適切な量を示し、合わせて「質的な栄養失調」を改善させるようにと主張されているにも関わらず、

 

 

 

どういうわけか、「いつも鉄だけをサプリで過剰に摂れ」と言っているかのように解釈し、それ対して、「鉄の過剰摂取は危険」だの、「サプリメントで摂る事は危険だ」と反応している人達がいます。

 

 

 

これは、「他のに比べてEは3少ないから、満ちるまでサプリで補いましょう」…と言っているのに、

 

 

「いかなる状況でも、Eだけを過剰に摂れ」と言っているかのように解釈し、それに対して、「Eだけ多めに摂っている、過剰だ、危険だ」と言っているようなものです。

 

 

 

 

これっておかしいと思いませんか?

 

 

 

時々、鉄をサプリメントで補う事や、サプリメント自体を否定しているサイトを紹介されるのですが、その内容を読んでみると決まってこのパターンです。

 

 

 

その様子を見て、臨床で効果がある方法で、しかも問題のない量を提示しているにも関わらず、それでも過剰に否定するか?・・・といつも不思議に思っていました。

 

 

 

 

しかも、フェリチンが足りて症状が改善すれば鉄を減らし、中止する方向にしている事も書かれているのにです。

 

 

 

それでも「長期間摂ったらどうなるかわからない」等と言って、行なわない対応の結果起こる事を心配するわけです。

 

 

 

 

だから誰もそんな事をしろとは言っていません。

 

 

 

的外れな事を根拠に叩いているのです。

 

 

 

この話は、糖質制限のバッシングを彷彿とさせます。

 

 

 

 

有益な情報に対する批判の仕方

 

 

 

糖質を中途半端に減らして(つまり糖質を食べながら)、タンパク質や脂質をタップリ食べ続ける事で慢性疾患になったり、死亡率が上がったりするデータがあります。

 

 

 

このような食事は、「緩い糖質制限」に等しいです。そして、「糖質制限ダイエット」もこの部類に属します。糖質の減らし具合が甘いからです。

 

 

 

この「緩い糖質制限」は、糖質を徹底的に制限した「スーパー糖質制限」とは内容も結果も全く異なります。私は両方実践したのでよく分かります。

 

 

【脂質+タンパク質】は良くて【糖質+脂質+タンパク質】が良くない理由

 

 

 

「緩い糖質制限」は慢性疾患のリスクがありますが、糖質を徹底的に制限した状態でタンパク質や脂質を多く摂取する「スーパー糖質制限」は健康になります。

 

 

 

また、体質改善もできますし、癌や難病の治療にも応用できます。

 

 

 

 

その違いが分かっていながら、糖質制限否定派は

 

 

「糖質を中途半端に減らして(つまり糖質を食べながら)、タンパク質や脂質をタップリ食べ続けて慢性疾患になったり、死亡率が上がったりするデータ」を持ち出して、全く違う習慣である「スーパー糖質制限」まで危険であるかのように叩きます。

 

 

 

違うわけですから、その根拠で「スーパー糖質制限」が叩かれる筋合いはないわけです。

 

 

 

何度、「批判の根拠は、スーパー糖質制限に該当しない」と主張しても、違うデータをネタに叩く事を止めません。

 

 

 

これは、批判する事が目的で、理由は何でもいいと見て間違いないでしょう。

 

 

 

だから正確でなくても、それらしいものであれば根拠に使うのです。

 

 

 

 

「鉄を許容量を越えてまで摂れ」とは主張していないのに、「過剰に摂取しろ」と主張しているかのようにすり替えて、批判の根拠にするのも同じです。

 

 

 

その叩かれる根拠が間違っているのですから、批判される筋合いはありません。

 

 

 

だから、見ていて違和感を感じていたのです。

 

 

 

 

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サプリメントの長期間摂取に対する不安

 

 

 

詳しくは前回の記事に書いたのですが、サプリメントの長期間の摂取を心配する人がいるので、栄養を食事以外から長期間取ったらどうなるか・・・についても話しておきます。

 

 

 

私がもし健康食品でミネラルを何十年と飲んで健康な人達の事を見ていなければ、もしかしたら10年、20年と長期で摂った場合、不都合があるのかな?…等と考えたかもしれません。

 

 

 

しかし、私はミネラルを適切に大量に長期間摂った人が健康で若々しい状態を維持している事を知っています。

 

 

 

従って、不足している人に適切な量を与えた場合、それが例え世間一般の基準とかけ離れていても安全だ…と言われたら納得できます。

 

 

 

また、ミネラルではないですが、メガビタミン実践者が長寿であり、それを批判した医師達が短命だった事も知っています。

 

 

 

『藤川徳美医師 facebook 2017年12月18日』より引用

 

 

メガビタミン実践者は皆、長寿で生涯現役だった。

 

 

三石先生95歳、ホッファー92歳、ポーリング92歳、ロジャー・ウイリアムス95歳。

 

 

ポーリングを批判した医師達のほとんどは、60歳代で死亡している。

 

 

 

ビタミンもミネラルも配合が絶妙であれば、長期摂取しても問題はないのです。

 

 

 

 

 

サプリメントが批判される理由を社会背景から考えてみたへ続く

 

 

 

 

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教育と洗脳は紙一重、確認をしなければどんな学問もただの信仰である
教育と洗脳は紙一重、確認をしなければどんな学問もただの信仰である

日本人は、神社仏閣には行くので、完璧な無宗教とは言えませんが、宗教アレルギーの人が多いです。

 

 

教祖に洗脳されて、思考停止になり、正常な判断を無くし、高額なお金を払う・・・そんなイメージがあるからでしょう。

 

 

でも、学問に対してそれと同じような状況になってしまっています。医学や栄養学に対し多くの人は、

 

 

 

権威、定説、に洗脳されて、思考停止になり、正常な判断を無くし、高額なお金と時間と健康を失っています。

 

 

 

「ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー」と権威や定説が言えば、「ケトン体も使える」と無名な誰かが論証つきで述べても、多くの人は耳を傾けようとしません。

 

 

 

権威や定説を信仰しているからです。

 

 

本人は学問の意見に従っているので「頭を使っている」つもりですが、完全に思考停止です。検証もしません。

 

 

 

こう言うと「学問は宗教ではない」と反発されるかもしれません。

 

 

でも、取り組む姿勢によっては、洗脳と信仰になる危険性がです。しかも、表向きは宗教ではなく、あくまで「学問」です。そのため、洗脳されているにも関わらず、本人は考えているつもりなので、洗脳されていることに全く気が付きません。

 

 

そうなってしまったら、学問は宗教と変わりません。しかも、本人が「考えている」つもりになっている分、洗脳の完成度は高いと思います。

 

 

 

「権威が言うなら大丈夫だろ」と、「教祖が言うなら大丈夫だろ」の、何が違うのでしょうか。

 

 

「論文に書いてあるから正しいだろ」と、「教典に書いてあるから正しいだろ」の、何が違うのでしょうか。

 

 

「学問の場合はきちんと検証して発表されている」と思う人もいるかもしれませんが、もしそれがデタラメならどうしますか。それは「権威や論文が善意の元に存在している」という考えに依存しています。

 

 

思い込んで、真実かどうか確認しないのはよくありません。

 

 

何故こんな話をするのかというと、正統派の意見を盲目的に信じる人があまりにも多いからです。

 

 

そんな私は、学問というものを信じていません。

 

 

もちろん、最初からそうだったわけではありません。今でこそこんな事を書いていますが、ほんの数年前まで、

 

 

日本は平和な国だし、世間の厳しい目があるから発展途上国のような不正もない、さらに、学問、研究は真面目に行なわれ、本当に優れた人に権威のある賞が与えられている

 

 

・・・と本気で思っていました。

 

 

もし、このブログを5年前に書いていたなら、このような記事は書かなかったでしょうし、これまでの記事も全く違った意見になっていたと思います。

 

 

でも今は、学問も、その土台である社会全体も、見え方が昔とはまるで違います。一番の違いは「性善説で物事を見るのを止めたこと」です。

 

 

 

以前は、この理論は、誰かが真面目に導きだしたものだから間違いないだろうと思っていましたが、

 

 

今は、学問には嘘が多いので、誰かが捏造した理論を勉強している可能性があると常に思っています。

 

 

 

でも、健康について記事を書いていると、体の中で起こる反応について説明する時は、教科書に書いてあるような話もしなければならない時があります。すると、どうしても医学、栄養学…と、学問の世界に足を踏み入れることになります。

 

 

正直言うと、自分で体験したこと、確認できること、辻褄が合う事は堂々と書いていますが、自分が確認できない、目に見えない世界について説明する時は疑って書いています。これまでも嘘が多かったので、また同じような事があっても不思議ではないと思うからです。

 

 

 

今後、専門的な説明をする事があれば、今回の話を思い出していただければと思います。私は学問に対して半信半疑です。

 

 

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歴史の隠蔽

 

 

 

医学や栄養学の間違いが指摘されても、多くの専門家は無視を決め込んでいます。それは、これまでも話してきました。

 

 

でも、普通に生活している人は、「専門家は真面目に働いているに違いない」と思っているので、こんな話をしても、信じられないと思います。

 

 

「真実を見て見ぬフリをする」というのは、一種の不正ですからね。社会的な地位のある人達が、どいつもこいつも、そんな態度を取る・・・というと、現実感がありません。

 

 

でも、もう少し俯瞰で見ると、そういう話は多いのです。

 

 

 

それも、医学や、栄養学に限った話ではありません。まず、その話をします。

 

 

 

もう何年も前の話です。

 

ある町で、古代の遺跡がたくさん見つかりました。その遺跡は1万年以上も前のものということで、当時、その町では大騒ぎになり、観光に使える・・・とちょっとしたブームになりました。

 

 

しかし、賑わったのもつかの間でした。

 

 

その遺跡を大学が調べた結果、「遺跡ではない」と片づけられ、無かった事にされてしまいました。

 

 

何故、無かったことになったのか・・・というと、一万年以上前と言われていたその遺跡の情報は、その後作られた「その町の歴史をしるした書物」には全く記載されなかったからです。

 

 

歴史的な何かが見つかった事実も書いていなければ、「〇〇が見つかって、研究されているが、詳しい事はわかっていない」とかの記載もありません。一時とはいえ、大騒ぎになったのに・・・です。

 

 

全くの無視です。

 

 

大学が調査し「遺跡ではない自然の石」と判断したからなのか、騒いでいた人達からも、歴史からも忘れ去られてしまいました。

 

 

 

「じゃあしょうがないだろ」と思うかもしれません。

 

 

 

 

 

でも、確かに自然と片づけられる形のものもあったのですが、その中の一つは、人間が作らないとできない細工があったのです。

 

 

「装飾に見える」ではなく、装飾です。

 

 

よくある、丸が三つならんで、それが顔に見えるとか、そんなんじゃないです。誰が見ても、100人中100人が、「これは自然にはありえない」と言うレベルの加工です。

 

 

自然だと言い張れば、「気が狂っている」といわれても仕方が無いです。でも、そんな気が狂った判断を、大学がしたのです。

 

 

で、その言い訳が酷い。

 

 

 

その辺り一帯は、昔は海底だった

 

 

水位が下がった時に岩石が表れた

 

 

太陽の熱と夜間の冷えの繰り返しで岩にヒビが入り、人が作ったみたいに見える

 

 

 

 

・・・というものです。よくもこんな屁理屈が言えるものだなと感心してしまいます。

 

 

普通の人はここで、「大学がそう言うならしょうがないか」と終わらせるかもしれませんが、さすがに無理がありました。

 

 

嘘です。

 

 

この話から分かったことは、どんな嘘にも、もっともらしい理屈はつけられるということです。

 

 

 

 

こういう話が一度や二度であれば、ただの残念な話で終わりますが、日本全体、世界を見わたせば、他にも似たような話はあります。場所、遺跡の種類は違えど、発見からその後にいたるまでの経過が共通しています。

 

 

 

 

 

それまでの歴史を覆すような発見がある

 

 

専門機関が調査

 

 

過小評価

 

 

発見などなかったかのように忘れられる

 

 

定説のまま

 

 

 

この流れです。一件、一件を「全く違う話」だと思えば気付かないかもしれませんが、似たような話を見比べてみると、明らかに、何かおかしいのです。正常な人は違和感を感じるはずです。でも、

 

 

「専門家が言うのだから、素人には理解できないような、複雑で専門的な理由があるのだろう。それを理解できない素人がバカだ。」

 

 

そう頭を抱えてしまう人もいるかもしれません。しかし、その理論が真実なのかどうか疑ってみる必要があります。

 

 

子供でも「自然にできるのはありえない」と思える石を、自然のものにする理論を作ることがあるのですから、要注意です。

 

 

 

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専門家の仕事

 

 

 

調査にはコストかかるはずです。わざわざ現場に行き、バカな結論を出す。しかも、「自然のものだ」といって、議論をスパッと切ってしまうわけです。その後の調査もありません。

 

 

 

調査した人達はなにをやってんだ?って話です。大学の存在意義はないと思いませんか。何の為に学問のトップに君臨しているのか。

 

 

 

ここで、

 

 

 

頭の良い人達が、日夜、真剣に研究しているハズのに、なんでこんなバカなことを言うんだろう

 

 

・・・と、性善説に当てはめて考えていたら絶対に答えは出ません。ですが、前提を変えるとすぐに解決します。

 

 

 

大学は調査するところではなく、事実を隠蔽するところ

 

 

 

こう考えると整合性がとれます。どんなに頭が良くても、バカな事を言うでしょう。

 

 

考えてみてください。本物のバカなら、大学入学どころか高校も卒業できません。もし、本当にバカな結論を大真面目に語っているのなら、幼稚園からやりなおしてもらいたいです。

 

 

さらに、似たような話を見聞きして、毎回決まったパターンになる様子を見て、これは明らかに、どこかから否定するように指令が降りていると感じるようになりました。

 

 

もちろん、大学は表向きには真面目な機関ですから、そんな風には見えませんが、やっていることを見ていると明らかにそういうところです。これは、歴史だけじゃなく、医学、栄養学、その他の学問にもいえることです。これを、

 

 

大学は頭のいい人達が真面目に調査、研究しているところである

 

 

と思っていたら、高学歴の人間が、明らかに人工の装飾がされている石を「自然のもの」と主張しているのを聞いて、悩まなければいけません。

 

性善説で考える人は、「もしかして、自然の石に見えない私がバカなんだろうか?」と真剣に悩み続けるでしょう。学問だけに首をつっこむと、こういう背景が見えなくなります。

 

 

 

正常ですから、気をしっかり持ちましょう。

 

ここで石に見えるように洗脳されてはいけません。「大学は事実を隠蔽する機関」とすれば、そこで頭を抱える必要はありません。

 

 

「専門家は真面目に研究しているに違いない」と思うと、幼稚なトリックにも騙されてしまいます。コレステロールのインチキが言い例です。

 

科学や論文のインチキはコレステロールが教えてくれる

 

 

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無駄に複雑な理論は要注意

 

 

今の世の中、物事をより複雑に語る人が、頭が良い、偉い・・・という風潮があります。

 

 

どんな分野も、上に行くほど、専門的になればなるほど、複雑難解で誰も理解できないようになっています。

 

 

昔は、そういうのが凄いと思っていましたが、今となってみれば、その複雑さは、真実に根ざしたものなのかどうか疑ってしまいます。

 

 

私は、真実はシンプルに語ることができると思っています。シンプルに語れないものは、あまり信用していません。

 

 

嘘をつく場合、騙す相手がバカなら、一言二言の嘘でも騙せるかもしれませんが、標準的な知能を持った人間を騙すとなると、やましいことを、やましくないように見せかけないといけない為、多少話を複雑にする必要がでてきます。

 

 

そして、嘘がばれないように、さらに嘘を重ねます。

 

 

 

そうすることで、話がどんどん複雑になっていきます。当然、嘘をつけばつくほど、シンプルから遠ざかります。

 

 

 

物事を無駄に複雑にする・・・相手に真実を教えない為の方法でもあります。複雑難解にして、誰も理解できない構造にしておけば、真実を追究する人間を煙に巻くことができます。

 

 

 

 

例えば、遺跡を見て、「人の手で作った物だ」と素直に認めれば答えはシンプルですが、

 

 

 

明らかに人工の装飾があるものを、自然のものであるように思い込ませるには、巧妙な屁理屈を考える必要があるので、一言二言では表せません。

 

 

誰も確かめることができない物語を考えたり、馴染みのない記号を使ったり、聞いた事がないような専門用語を使って、相手を思考停止させ、深入りさせないようにします。

 

 

 

 

そして、真実ではない反対の方向に誘導する理屈も考えます。

 

 

どんな嘘でも盲目的に信じ込む人、積極的に洗脳にされてくれる人だけがその学問に染まることができます。

 

 

 

学問に精通している人に失礼な言い方かもしれませんが、定説を覆す真実が見つかったのにも関わらず、頑なに真実を見て見ぬフリをする姿勢を取られると、そう思うしかありません。

 

 

 

 

 

普通の人間の感覚では、嘘をつき続けることは恥ずかしいことです。恥も外聞もなく、それでも嘘をつき続けるのは、嘘をつくことが目的だからとしか考えられません。

 

 

インチキなストーリーですから、化けの皮が剥がれますが、元々の目的が嘘をつくことなので、何を言われようとも、そのストーリーは意地でも変えません。嘘を正当化する為、新たなストーリーを考えることもあります。

 

 

そうしているうちに、だんだん話がややこしくなってくるわけです。複雑難解、何故か専門家の意見が真っ二つに割れる。

 

 

真面目な人間は、考えれば考える程頭が混乱してきます。でも、そのこと自体がおかしいと気付くべきなのです。

 

 

学問は、悪意があれば、事実をないことにしたり、存在しないものをあることにして、世の中を騙すことが可能です。

 

 

 

 

  • 存在しているものを、なかった事にするために、理論を作る

 

  • 存在しないものを、あるように見せかけるために、理論を作る

 

 

 

 

言う方も言う方ですが、信じる方も信じる方です。私は、人工的なものを無理矢理自然の石にしてしまう学問、それに疑問をもたない人達をみると、一種の宗教に見えます。

 

 

思考ではなく信仰です。

 

 

 

 

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確認できないものに対しては慎重になる

 

 

先日、「ATP」と、「エネルギー代謝」についての記事を書きました。

 

 

ATP(アデノシン三リン酸)について分かりやすく説明してみた

 

エネルギー代謝について分かりやすく説明してみた

 

 

 

これを読まれた方はお気付きだと思いますが、生化学的な話をしているにも関わらず、私は、化学式や、専門用語などはほとんど説明に使っていません。

 

 

 

何故、そういう形をとるかというと、複雑難解にして、小難しく語るのが嫌いというのもありますが、確認できない存在に対して慎重だからです。複雑な数式を見るたびに、「こんな世界が本当に存在しているのか」と思ってしまいます。

 

 

理系の人から怒られそうですが、文系である「歴史」に嘘が多いように、理系である「科学」に嘘があってもおかしくはないと考えています。

 

 

 

いやいや、そんな事を言っていたら先へ進まない、・・・そう思って勉強するのですが、調べていると、たまたま見たページに間違いが書かれてあるのを見つけたりします。

 

 

例えば、「ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源」とか、堂々と書いてあるわけです。そういうのを読むと、「この学問大丈夫か?」と思ってしまいます。

 

 

 

私は間違いに腹は立ちませんが、間違いを頑なに訂正しない姿には不審感を覚えます。

 

 

「他にも嘘があるんじゃないか」「学習者を騙そうとしているのでは」・・・と思うようになります。ですが、どれが嘘でどれが本当かは、目に見えない世界なのでわかりません。

 

 

「ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源」・・・程度の嘘なら、「ケトン体」を利用することで、簡単にその嘘を証明できます。ですが、このように、自分の体験を通して確認できる事象は限られています。

 

 

 

分子や原子など、本物を見ることは出来ません。画像検索をかけても、イラストばっかりです。CGのような写真があったり、なかったりです。

 

 

本物は簡単には見れないということです。

 

 

 

「見れる立場にいる人が存在を確認しているんだから間違いない」

 

 

 

と思う方もいるかもしれませんが、私はそういう人を信用していません。過去の記事でも書きましたが、「優秀な人」と「善人」であることはイコールではないのです。

 

 

遺伝子組み換え食品から学んだ、学問に不毛な議論が発生する本当の理由

 

遺跡の話を思い出してもらったらわかると思いますが、学問に携る人間がと言ったら、白いものも黒にできるのです。

 

 

 

この人達が嘘をついていたら終わりなわけです。この人達の人間性に依存することになります。

 

 

 

また、遺跡等、「肉眼で確認できるような事」でも嘘をつく人がいるのですから、「目に見えない世界の事」に嘘をつく人がいても不思議ではないと思いませんか。

 

 

 

それに、ナチス・ドイツの宣伝大臣だったゲッべルスは次のように述べています。

 

 

 

 

確かめないやつは必ず騙せる。

 

 

 

『Wikipedia ヨーゼフ・ゲッベルス』より引用

 

 

 

 

確かめるがない場合も、必ず騙せるでしょうね。

 

 

 

ここで、誤解のないように言っておきますが、私は目に見えないものを信じていないのではありません。

 

 

そうではなく、目に見えない事をいいことに、嘘をつく輩がいるから信用できないと言っているのです。

 

 

 

信用できる情報の条件

 

 

世の中は嘘が多いわけですが、そんな中、「まぁ、信じてもいいかな」と思う情報もあります。それは、以下の条件です。

 

 

 

① 理路整然としていて、辻褄が合う理論であること

 

② 情報発信者が誠実である(地位、知名度、人数は関係ない)

 

③ 行動と①が噛み合う

 

 

 

この3つは重要視しています。

 

 

私は糖質制限を実践している医療関係者の話に耳を傾けています。それは、理論に整合性があることと、現場の体験を重要視されているからです。

 

 

心根のキレイな医療関係者の観察のもと、多くの患者が結果をだしたのなら、「試してみようかな…」という気になれます。

 

 

で、徳の高く頭の切れる医療関係者が考え、調べ、実践し、発信している情報を、吟味して実践し、その結果をこうしてブログで発信しているというわけです。

 

 

理論と実践、この2つがかみ合えば良い。かみ合わなければ、要注意です。

 

 

 

 

  • 理論を実践して、その通りにならなかったら、それは理論が間違っている可能性が高い。

 

  • 理論を実践して、その通りになるなら、その理論は正しい可能性が高い。

 

 

 

 

当然、理論そのものが「おかしい」と感じるものは信じません。

 

私は過去に「進化論を信じていない」と言いましたが、あれなど正にそうです。

 

 

人の食性を考える時、チンパンジーを参考にしてはいけない理由【前編】

 

 

人の食性を考える時、チンパンジーを参考にしてはいけない理由【後編】

 

 

 

 

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警戒してしまう情報

 

 

反対に、「胡散臭い」と感じる要素を挙げてみます。

 

 

 

 

  • 話が無駄に複雑

 

  • 枝葉の情報は十分すぎるのに、肝心な所は「まだわかっていない」とはぐらかす

 

  • 考えれば考えるほど頭が混乱して、何が真実かわからなくなる

 

  • 専門家の意見が真っ二つに割れている

 

  • 理論を真面目に実行したのに結果が違う

 

 

 

これらの特徴が見られた場合、私はその理論を警戒します。特に、考えれば考えるほど頭が混乱して何が真実かわからなくなる理論は要注意です。理論に嘘が混じっている場合、そうなります。

 

 

勉強をすればするほどわけが分からなくなるというのは、そもそも、学んでいる事がデタラメである可能性があります。

 

 

誰かが誰かの利益の為に嘘をつき、主張し合っているから、理論が支離滅裂になって全くかみ合わないのです。例えば放射能、

 

 

「プルトニウムは危険」と言う人がいたり、方や「プルトニウムは飲んでも大丈夫」という人がいたり・・・

 

 

反対のことを主張し合っています。とても同じ対象について述べているとは思えません。読書感想文じゃないんですから。

 

 

とにかく、どんな分野であれ、このような支離滅裂な理論に遭遇したら、誰かが意図的に嘘をついているかもしれないので、一歩引いて考える必要があります。

 

 

まともにとりあっていたら、頭が混乱するだけです。嘘つきに真面目に返していたら疲弊します。

 

 

そして、一番ダメなのは、納得できないのに「そういうもんだ」と納得してしまうことです。それは信仰です。

 

 

 

 

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実践せずに批判する人達

 

 

批判する人が実践しないのは理由があります。

 

 

私は糖質制限を始めてから、先駆者の本を何冊も読んできました。著者は医療関係者ですが、やはり、糖質制限を実践されている方は、自身のコツコツ行なってきた治療(事実起こったこと)を重視されています。

 

 

しかし、それを公に公表すると、風当たりは強いみたいです。常識と逆の事を言えば、反発が来るのはよくあることですから、それだけなら別に気にしません。

 

 

でも、アンチにはおもしろい特徴があります。

 

 

 

  • 実際に実践して失敗した素人のアンチ

 

  • 批判はするが、絶対に実践しない専門家のアンチ

 

 

 

前者は、「糖質制限について勉強不足の状態で実践して失敗する」というケースです。私もこれに該当してました。失敗は自分の不注意なのですが、一応、実践はしているので、文句を言ってしまうのは分かります。

 

 

 

ですが、問題は後者です。専門家のアンチは、批判はするけど実践はしないのです。

 

 

これが私が読んだ本、ネット、どちらにも共通してみられる流れです。

 

 

不自然です。

 

 

さすがに、頑張って導き出した説を、実践もしないで否定されたら腹が立つのでしょう。

 

否定された側も、「実践して批判しろ!」的な返しをされているんですね。

 

 

「何故、実践しもしないで、批判してくるのか理解に苦しむ」・・・といった心情が文面から伺えます。

 

 

でも、そうじゃないんですね。

 

 

性善説で物事をとらえられているからなのか、こういう考えになったのでしょう。

 

医療関係者同士では、言いにくいでしょうから、私がその理由を教えます。

 

 

彼ら実践しないで反対している人達は、真面目に医療について考えて批判しているわけではありません。そうではなく、「否定しろ」という指令を遂行しているだけです。

 

 

否定するのがお仕事ですから、実践するわけありません。

 

 

本気で医療のことを考えていたら、もうすでに結果をだしている医師がいるなら、真似をしない理由がありません。

 

 

 

もう一度言います。

 

 

彼らは最初から否定することが目的です。だから、どんなに「実践してから反論してくれ」と言われても、実践もしないし、素人でも論破できるようなバカげた屁理屈で押さえ込もうとします。

 

 

理論が破綻していようが、自分の品格が落ちようが、関係ありません。潰すのが目的ですから、否定できれば何でもいいのです。

 

 

遺跡を自然石とした大学のように。

 

 

性善説で捕らえてはいけません。そうしている限り、「何故、実践せずに反論してくるんだ?」と悩むはめになります。

 

 

逆に、真実を知っているからこそ、実践しないのかもしれません。

 

 

実践なんてしてしまったら、正しさを証明してしまうことに繋がります。それは、従来の説を覆すことにつながります。つまり、ご主人様に顔向けできないのです。

 

 

実践したら、事象は間違いなく起こる・・・それを知っているからこそ、実践しない、できないのです。だから、口だけで否定します。

 

 

 

教育と洗脳

 

 

学問の実態がこれですから、知識を詰め込む勉強は洗脳に等しいと言えるでしょう。

 

 

常に疑い、確認できることは確認するようにしないと、騙されていることに気づかないように騙されてしまいます。

 

 

私はそういう事を考えながら記事を書いています。

 

 

 

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