動物食性の起源はいつからか、人類の歴史から考える糖質制限(後編)

「どんな食事をするのが適しているか」を議論する時に、「人類の歴史」は必ず根拠として提示されます。ですが、その根拠となる歴史観がどれも「進化論」に根ざしたものです。

 

私もこれまで、「進化論を前提として組み立てられた理論」をいくつか読んできました。糖質制限だけに限らず、「BS・3夜連続放送」みたいなCGを駆使した番組も以前は好んで見ていました。もっともらしく仮説がなりたっているので、100%疑う気にもなれません。

 

ですが「進化論は嘘」という説を聞いてから、「人類はチンパンジーと・・・」のイントロが出てくると、どうしても引っ掛かります。(※ちなみに、チンパンジーは、果物や野菜がほとんどで、木の実や昆虫がほんの少し。場合によっては動物も食べるそうです。そして、そういう食生活を送っているチンパンジーは、肥満やガンなどがないといわれています。)

 

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進化論に納得するのは消去法で残ったから

 

前編では、そういう疑問が私の中にある以上、進化論に基づいた理論を信じる事はできないし、理論を組み立てる事もできないというお話をしました。

 

動物食性の起源はいつからか、人類の歴史から考える糖質制限(前編)

 

しかも、「もし進化論が嘘だとしたら、人類の起源はどうだったんだ」という疑問も同時にわいてきます。よくあるのが以下の説です。

 

■人間は宇宙人が造った
■人間は創造主が造った

 

これはこれで信憑性に欠けます。消去法でいくと、最後に残るのは大抵「進化論」です。私もこれらの中だったら、「進化論」が一番信憑性があると思います。「進化論」を否定すると、とたんに宗教的、SFちっくな話になってしまいますから。多くの人が進化論支持で落ち着くのは、そういう理由もあると思います。

 

私は、「進化論」は嘘っぽいなと思いますが、かといって、人間は未知の存在が創ったとも思えません。どちらも否定したら元も子もないですが、私はどちらも肯定する気にはなれません。

 

チンパンジーがどんな動物なのかを調べていて、そういう結論に至りました。

 

野獣すぎるチンパンジー

 

昔、「志村どうぶつ園」という番組に、チンパンジーのパンくんが出演していました。あれを見て、なかなか賢い動物で、人間にもよくなつく可愛いイメージでしたが、大人になったチンパンジーの身体能力を知って絶句です。

 

以下、『知ったかぶりの境界線』より引用

・成獣の平均握力は約300kg
・ギネス記録では怒り狂ったメスのチンパンジーが572kgの握力を記録。
・脚力 約350kg
・垂直跳び 3.5~4m
・体重45kgのチンパンジーが両手で簡単に270kgのものを持ち上げた。
・80kgの鉄板を軽々と放り投げる。
・素手で車のフロントガラスを簡単に叩き割る。
・強靭な犬歯と爪を持ち、さらに雑菌ウヨウヨ
・赤ちゃんチンパンジーを貪り食う習性があり、人間の被害も多数ある。
・大人になったチンパンジー(顔が黒い)はきわめて凶暴
人間になつくのは子供のチンパンジー(顔が肌色)まで。

引用元でも、「書かれていることの全てが正しいかどうか分かりませんが、」と前置きしてありますが、それにしても、人間と近いとは思えない程の猛獣ぶりです。

 

というか、完全に別の動物・・・。

 

調べれば調べるほど、パンくんのイメージが音を立てて崩れていきます。
筋力は人間の5倍だそうです。

 

京都大学の霊長類研究所の実験によると、子供のチンパンジーの瞬間的な記憶能力は、人間の大人よりも優れているそうです。しかしながら、赤ちゃんチンパンジーを食べるとか、大人になると制御不能になる様子からは、とても賢い動物にはみえません。調教次第では生涯を通して人間に忠実な犬や、知能犯のカラスの方が賢いんじゃないかとさえ思ってしまいます。
チンパンジーは動物の中では賢くて、姿形は人間に一番似ているかもしれませんが、精神面はやっぱり野獣です。こんなのが、自然に人間に近づくものでしょうか。

 

また、100歩譲って、人間に進化できたとします。そうなった場合、元々あった身体能力は一体どこへ行ってしまったのでしょう。握力をもう少し残してくれれば、生活がもっと楽になるのに・・・と思ってしまいます。

 

正直言って、人間はひ弱すぎます。オリンピック選手でも野生動物に勝つのは難しいと思います。ここまで弱くなったとしたら、それはもう進化ではなく退化です。

 

自然にしていて、身体能力がここまで退化するというのも不自然な話です。そしてこの事は、「未知の存在が人間を創った」という説にも言えることです。

 

 

もし意図的に生物を創る場合、製作者はもっと能力の高い動物を創ると思いませんか?知能も高い、身体能力も高い、生物を創るはずです。なんでわざわざ、身体能力を弱くしたのか意味がわかりません。創れるのであれば、それこそ、肉も植物も消化できる内臓にだってできるはずです。

 

このような理由から、進化論も、創ったという説も、信じていません。

 

そして、私が「進化論は嘘という説は正しいのではないか」と思ったキッカケが、ファーブル昆虫記のアンリ・ファーブルの話です。

 

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生き物は最初から完璧である

 

昆虫学者のアンリ・ファーブルは、自身の研究から、「生き物は生まれたときから完璧なシステムをもっている」という事を知っていて、その上で「進化論」を否定していたようですが、私もこれには納得させられました。

 

以下は「つちばち」と「ハナムグリ」の話ですが、「生物の設計」に無駄がないのは、他の動物も同じだと思います。

 

『宇宙ゴーゴー』より引用

つちばちの親は、自分よりも大きなハナムグリ(こがねむしの一種)の幼虫をつかまえると、その腹側の神経中枢を針で一刺しにして、生きたまま麻痺させます。それから、幼虫を地中にひきずりこみ、その腹上の決まったところに卵を一つ産みつけて、飛んでいってしまいます。

 

やがて卵からかえったつちばちの幼虫は、動けないハナムグリの幼虫の大きな身体を自分がかえったその場所から食べ始め、中へともぐりこんでいきます。あわれなハナムグリの幼虫は、食べられながら身動きもできず、生きているのです。結局ハナムグリの幼虫は、皮とわずかなすじを残して食べつくされる最後のときまで生きているのですが、つちばちの幼虫はその抜け殻の中でさなぎとなり、やがて親蜂になります。

 

そこでファーブルさんは、蜂にかわってハナムグリの幼虫をしばって動けなくしたり、卵の場所を変えてみたり、途中でエサをすりかえたり、いろいろやってみます。
そして得た結論は、ほんの少しでもやり方を変えると、ハナムグリの幼虫は死んで腐ってしまい、つちばちの幼虫もそのエサといっしょに死んでしまう、ということでした。針の刺し方、卵を産む場所、つちばちの幼虫が動けないハナムグリの幼虫を食べていく順路など、すべてが正確に行われないと、つちばちは生きていけないのです。

 

一番最初にハナムグリの幼虫をエサに使おうと思いついた親蜂が、この手順を知らなかったり、ちょっとでもまちがえたら、このつちばちは子孫を残すことはできません。この一番最初の親蜂が解剖学を心得ておらず、幼虫の集中した神経中枢節の一刺しで全身麻酔をさせられなかったら、もし卵をちがうところに産んだら、もしつちばちの幼虫が少しでもちがった順番でハナムグリの幼虫を食べていったら。それらはすべてつちばちという種の保存にとって致命的であると、ファーブルさんは述べています。

 

しかし、不思議な話です。どうして最初にこの方法を思いついた親蜂が、ハナムグリの幼虫の神経中枢の場所を知っていたのでしょうか?なぜ卵を産むちょうど良い場所を知っていたのでしょうか?仮にそれらを知っていたとしても、こんな状況は初めてのはずのつちばちの幼虫が、なぜハナムグリを殺さぬよう食べていく順番を知っていたのでしょうか?

 

ファーブルさんはこう言います。

 

「まったく、(ダーウィン主義者がよくいう)獲得された習性というのは奇妙なものである。あるひとつのことが、それができないものによって成しとげられ、同じように無能なものたちによってどんどん立派にされていった、想定するのだ。・・

 

ところが、獲得された習性の起源について、そのいろんな可能性を調べてみると、私はただ”ゼロ”という答えしか得られない。
もしも生き物がその職業を(初めから)根本まで究めていなければ、もしも彼に(さらなる能力の)獲得の必要があるのなら、死ぬしかない。これは避けられないことである。。

 

・・もしも彼が知らねばならぬことをみな知っているのなら、彼は栄え、子孫を残すであろう。しかしそうすると、それは先天的本能だ。覚えることもちっとも要らず、忘れることもちっともない、時を通じて不変な本能だ。」

 

つまりつちばちは、生存のための手順を、最初の世代からとことん知り抜いていないと、どうしても次の世代を残すことはできないのです。このように生物は、すべての機能をはじめから全て与えられていないと生きていけないのです。

 

このようにファーブルは、進化論に批判的だったようです。

 

ちなみに、このジャン=アンリ・カジミール・ファーブルは、1823年~1915年(91歳)と、結構最近の人でした。

 

引用元の記事では、このファーブルの話だけではなく、進化論が間違っているという話がいくつか載っていますので、興味のある方は是非こちらも読んでみて下さい。ただ、私は進化論が嘘だというのは納得しましたが、宇宙人が創ったという話は納得していません。

 

わからないところは無理矢理納得しない

 

前回と今回の2回にわたって、糖質制限の話から、人類の起源について考えてみました。私は、多くの人が根拠に使っている「進化論」が、疑わしいと書いてきました。

 

世間の常識となっている「進化論」を疑えば、「トンデモ論」扱いになります。

 

私がそれでもこの部分を疑うのは、世間一般で信じられている歴史が、インチキではないかと思う事が度々あるからです。

 

古代の遺跡が発見されて、注目が集まった時に、誰が見ても人工の形跡があるにも関わらず、専門家が「これは自然に出来たものです」と言い張る事があります(ドキュメンタリーや本等で)。私は素人ですから、「ああ自然のものか…」と専門家の言う通り思うわけです。ですが、そういう事が何度も続くと、専門家の言う事が胡散臭く思えてきます。

 

歴史に嘘が多いという事は、進化論が嘘でも不思議ではありません。ですから納得のいかない事を無理矢理納得させるというようなことはしたくありません。

 

「動物性の食材は消化に悪くて、植物性の食材は消化に良い」という説だって、頑なに変えようとしません。実験して調べればすぐにわかる事なのにです。同じように進化論を語る専門家の中に、そういう人がいても不思議ではありません。

 

そういうわけなので、私は糖質制限肯定派ですが、進化論をベースにしたお話をする事はありません。納得できる説に巡り合えれば話は別ですが。

 

人間がどうやって誕生したかは私にもわかりません。ですが消去法で、現段階では、「人間は最初から人間で、最初から今と同じように、動物食性だった」と考えています。

 

 
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