人の食性を考える時、チンパンジーを参考にしてはいけない理由【後編】

人間の食性が何であるかを考える時、多くの人は、人類の歴史を語り、人間が進化して現在の食性になったことを説明します。

 

 

ですが、前回はあえて、そもそも進化はあるのか?という視点で、チンパンジーが猛獣で人間とかけ離れている事、生物は生きるために必要な能力を最初から備えている事についてお話しました。

 

 

人の食性を考える時、チンパンジーを参考にしてはいけない理由【前編】

 

 

この記事を読んで、少しでも「進化論」に興味を持っていただければと思います。

 

 

 

ここで、「進化論」について基本的な事を。

 

『wikipedia 進化論』より引用

 

進化論(しんかろん、英: evolution theory)とは、生物が進化したものだとする提唱、あるいは進化に関する様々な研究や議論のことである。

 

生物は不変のものではなく長期間かけて次第に変化してきた、という仮説(学説)に基づいて、現在見られる様々な生物は全てその過程のなかで生まれてきたとする説明や理論群である。

 

進化が起こっているということを認める判断と、進化のメカニズムを説明する理論という2つの意味がある。

 

なお、生物学における「進化」は純粋に「変化」を意味するものであって「進歩」を意味せず、価値判断について中立的である。

 

進化は実証の難しい現象であるが(現代では)生物学のあらゆる分野から進化を裏付ける証拠が提出されている (詳細は、進化の項目も参照のこと)。

 

初期の進化論は、ダーウィンの仮説に見られるように、画期的ではあったが、事実かどうか検証するのに必要な証拠が十分に無いままに主張されていた面もあった。だが、その後の議論の中で進化論は揉まれて改良されつつある。

 

現代的な進化論は単一の理論ではない。それは適応、種分化、遺伝的浮動など進化の様々な現象を説明し予測する多くの理論の総称である。現代の進化理論では、「生物の遺伝的形質が世代を経る中で変化していく現象」だと考えられている。

 

時間をかけて変化をし、その変化の中で現在の生物が生まれた・・・という理論が「進化論」です。

 

ですが、その進化の途中の変形中の化石は、残念ながら見つかっていないのです。

 

 

もし本当に進化という現象があって、例えば、[A]という生物が[C]という生物に変わったのなら、その間の[B]という生物が存在していたはずです。そして、存在していた事を証明する化石が見つかるはずです。

 

しかし、あるはずの[B]の化石が見つかってないのです。つまり、[B]は存在していなかったということです。

 

 

[A] → [B] → [C]

 

 

従って、[A]が[C]になる為には、いきなり大規模な変化をしなければなりません。

 

 

[A]という生物が、[B]という生物をすっ飛ばして、[C]という生物に突然変異したのだとしたら、[A]が[C]を出産するということになります。でも、普通に考えて、それはありえません。

 

 

同じ種の奇形を生むことはあっても、全く違う種を生むことは無理でしょう。

 

 

例えば、「普通のメダカ」が、「だるまメダカ」や「アルビノメダカ」を生むことはあるかもしれませんが、「普通のメダカ」が「グッピー」を生むことはありません。

 

 

もっと言えば、一匹だけ「だるまメダカ」がいても、「普通のメダカ」の多い水槽の中に入れれば、その特徴が安定して受け継がれる可能性は薄いでしょう。

 

 

生物が変化するという「進化論」は、ちょっと考えたら穴が見つかるのですが、ほとんどの人は「おかしい」とは考えないようです。

 

次は、その理由について、思いつくことをお話します。

 

おそらく、「進化論」を当然のものとして受け入れ、否定しないのは、宗教っぽくなるからです。

 

 

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進化論 VS 創造論

 

 

「進化論は信じない」・・・となると、もう1つの有名な説である「創造論」が浮上してきます。それを信じる気も起きません。

 

 

 

多くの人が「進化論」を否定できないのは、それをしてしまうと、「創造論」を信じているみたいに言われるので嫌なのだと思います。

 

 

だから「進化論」に対して「本当にそうなのだろうか」、「おかしいな」と思ったとしても、あえて触れないか、選ぶとしたら、消去法で残った「進化論」に落ち着くのだろうと思います。

 

「創造論」を信じる者は思考停止しているみたいですし、「進化論」の方を支持している方が論理的な感じがしますから。しかし、「創造論」が信じられないから、「進化論」が正しいと決めつけて疑わないのもまた、同じく思考停止です。

 

 

私はどちらも信じていません。だから、「創造論」か「進化論」か・・・と、どっちか1つに迫られるのが嫌です。

 

 

別に、片方が嘘っぽくて信じられないからといって、もう片方を無理矢理信じる必要はないと思います。わからないなら、わからないでいいんじゃないでしょうか。「否定するなら、代替を出せ」と思われるでしょうか、これは会議ではありません。真実を求める時に、答えを無理矢理求めるのは愚の骨頂です。

 

 

だから、私はどちらも支持していませんが、「生物は最初から今の形をしていた」、「何故かはわからないけど、人間も最初から人間だった」という考えです。何論を信じているというわけではありません。

 

 

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今のところ支持できる説はない

 

 

「人類の起源」について、進化以外の説が以下です。さすがに普通の日本人は、これらの説には納得しないでしょう。

 

 

■人間は創造主が造った

■人間は宇宙人が造った

 

 

「進化論」を否定すると、とたんに宗教的、SFちっくな話になってしまいます。これはこれで信憑性に欠けます。「進化論」を支持したくなる気持ちはわからなくもありません。

 

私は、「進化論」は嘘っぽいなと思いますが、かといって、人間は未知の存在が創ったとも思えません。

 

 

「人間の祖先と、チンパンジーの祖先は同じ」ということになっていますが、仮にその祖先が、人間に進化できたとします。でも、そうなった場合、人間になった時に「元々備えていた身体能力」は一体どこへ行ってしまったのでしょう。

 

「人間の祖先」が「チンパンジーの祖先」と同じなら、また、野生の中で生きていたなら、相応の身体能力があったはずですが、それが人間には残っていません。わざわざ弱小に進化したのでしょうか。現在の人間は、アスリートがそれぞれの得意分野で野生動物に挑んでも勝つのは難しいと思います。

 

ここまで弱くなったとしたら、進化ではなく退化です。わざわざ弱く変わったの?と思ってしまいます。

 

もし意図的に生物を創る場合、製作者はもっと能力の高い動物を創ると思いませんか?知能も高い、身体能力も高い、生物を創るはずです。なんでわざわざ、身体能力を弱くしたのか意味がわかりません。創れるのであれば、体力だけでなく、それこそ、肉も植物も消化できる内臓にだってできるはずです。

 

 

このような理由から、どちらも否定したら元も子もないですが、私はどちらも肯定する気にはなれません。進化したという説も、創ったという説も、信じていません。

 

 

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人間の体にある「退化した」と思われる痕跡

 

 

人間の身体能力が、何故劣っているのか、これは退化じゃないのか・・・と書いたのでついでに言わせていただきます。疑わしい面もある「進化論」ですが、反面、信憑性がある部分もあります。それが「退化」です。

 

 

「進化」や「退化」が本当にあると思ってしまう理由の一つに、まれに「退化と思われる痕跡」が体に見られることです。

 

 

以前、産まれつき、小さい尻尾のようなものが生えている人がテレビで紹介されていました。そこで、「人間がサルだった時の名残だ」とか、「人間は尻尾が退化した」と言われると、妙に納得してしまいます。

 

 

それを見て、退化してる、ということは進化もある、生き物は変わっているんだと思ってしまうのです。

 

 

尻尾は生ではお目にかかれないレアなケースです。しかし、「退化」を感じさせる現象はこれだけではありません。わりと簡単に見ることができます。

 

 

●顔が細くなっている

例えば「最近の若い人は硬いものを噛まなくなった事で顎が細くなった」というのも、「退化」に信憑性をもたせる話の一つです。実際、昔の日本人の映像を見ると、顎まわりがガッチリしています。とくに最近の役者が時代劇の格好をすると、顎が細すぎて少し違和感を感じます。

 

(追記)これについては、「退化」ではなく「栄養失調」の影響でした。妊娠中の母親が栄養不足だと、生まれてくる子供の上顎の横幅が上手く成長しないことがあります。栄養の中でも特に「鉄」が必要なのですが、現代の女性は鉄不足です。詳しくは以下をご覧下さい。

 

子供の歯並びが悪くなる真の原因。骨格的な不正咬合の予防は母親にかかっている

 

骨格が原因の鼻詰まりは子供の時の成長で決まる。口呼吸が招く脳への悪影響

 

何故、現代人の顔は細いのか?子供の骨格が正常に成長する為に必要な条件とは

 

 

●脚が長くなっている

「最近の日本人の足が長くなった」という説ですが、これについては私は、食や退化というより、「お行儀をしなくても良くなった事」が大きいと思います。あれは相当体を圧迫する行為なので、開放されたら、足も成長しやすくなるのではないかと思います。機械があるので、昔ほど重いものを持つことも減ったので、成長しやすいかもしれません。

 

 

●足の小指の関節が減る

日本人は「足の小指の関節」が一つ足りない人が多いそうですが、これも「退化」を連想させる身近な例です。

 

 

果たしてこれらを「退化」と呼べるのかはわかりませんが、この程度の変化はあるようです。でも「種の壁」を越える程の変化ではありません。

 

「退化」したと言われる部分を見ると、「我々動物は変化していくものだ」という気になります。また、「退化」があるのなら「進化」だってあるだろうとも思います。だから霊長類が人間になったと思ってしまうのです。

 

 

進化論は嘘のような気もするし、本当のような気もしてきます。もしかしたら、半分が嘘で半分が本当なのかもしれません。

 

 

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進化論を疑う最大の理由

 

 

2回にわたって、「食性」の話から、「進化論が本当かどうか」について考えてみました。

 

 

「人類の進化」を前提に「食性」や「体の構造」を語るケースがほとんどですが、

 

 

進化自体が怪しいのだから、かなり信憑性が低い・・・と考える人が増えたら、面白いのではないかと思います。

 

 

ただ、世間の常識となっている「進化論」を疑えば、「トンデモ論」扱いになるので、普通の頭の良い人は言い辛いかもしれません。

 

私がそれでも疑うのは、世間一般で信じられている歴史が、インチキではないかと思う事が度々あるからです。

 

 

古代の遺跡が発見されて、注目が集まった時に、誰が見ても人工の形跡があるにも関わらず、専門家が「これは自然に出来たものです」と言い張る事があります。

 

 

私は素人ですから、以前は、「ああ自然のものか...」と専門家の言う通り思っていました。ですが、そういう事が何度も続くと、専門家の言う事が段々胡散臭く思えてきます。

 

 

教育と洗脳は紙一重、確認をしなければどんな学問もただの信仰である

 

 

歴史に嘘が多いという事は、進化論が嘘だったとしても不思議ではないです。従って、納得のいかない事を無理矢理納得するべきではありません。

 

 

そして、このような事は歴史だけではありません。

 

 

「動物性の食材は消化に悪くて、植物性の食材は消化に良い」という説だって、真実は間逆です。

 

 

なのに、頑なに変えようとしません。「食べたものを実際に吐いて、消化具合を確認する」という、極めて単純な実験すらせずに、「胃が悪い時は消化に良いお粥を食べましょう」等と言うわけです。

 

 

同じように進化論を語る専門家の中に、そういう人がいても不思議ではありません。

 

 

そういうわけなので、私は進化論をベースにしたお話をする事はありません。「進化論は真実である」と納得できる説に巡り合えれば話は別ですが。

 

 

チンパンジーを参考にしてはいけないと思うのは、進化がないとしたら、人間がチンパンジーと親戚じゃないこともあるからです。

 

全く違う動物を参考にしても意味がありません。

 

 

人間がどうやって誕生したかは私にもわかりません。ですが消去法で、現段階では、「人間は最初から人間で、最初から今と同じだった。動物食性だった」と考えています。

 

 

「進化論を否定するなら別の説を出せ」と言われれば、出せません。真相がわからないからです。ですが、進化論は仮説であるということだけは強調しておきます。

 

 

結論を焦る必要はありません。慎重に考えていけばいいのです。

 

 

(追記)この話の続編はこちらです。

 

遺伝子の99%が同じでも、人間とチンパンジーの消化器官の構造は違う

 

 

 

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