ロイヤル・レイモンド・ライフ博士の
ウイルスと共振する周波数の光を照射して、振動させてウイルスを破壊する技術があったらいいなと思っていたら、youtubeで結構ありました。
潰されてしまったライフ博士の技術と、全く同じではないかもしれませんが、試してみようと思います。
私は英語が読めないのですが、海外のものが多いです。
色んな周波数がありました。
ここでは、444Hzと528Hzを貼っておきます。
私も始めて聞いたので、これでどうなるかは、分かりません。だからおススメはできないので、嫌いな人は聞かないで下さい。
癌とウィルスを死滅させる444Hzの音
緊急報告!! 新型コロナウイルスが蔓延してしまいました。
この444Hzは、がん細胞だけではなく大腸菌や風邪のウィルスも即刻、殺してくれますが、新型コロナウイルスに対しても、その感染原因となるウイルス表面に発現しているスパイクを破壊、またプラス鎖ウイルス・ゲノム(RNA)配列をも破壊し死滅させる筈です。
臭いを感じなく、熱や咳、下痢を感じたら、お医者さんに行く前に、すぐにも444Hzの音波を体に浴びて治療してください。
ただし、この事は医者に内緒です。貴方と医者の名誉のためにです。
444Hz의 소리를 환부에 20 분 동안 맞추고있는 것만으로 암세포는 사멸합니다. 癌は人類を殺して来た。
しかしこれから人類は、がん細胞を殺す反撃に出なくてはならない!
ソルフェジオ周波数444Hzを20分間、入れた動画。
444Hzの音を患部に20分間、当てているだけで癌細胞は死滅します。
感染 難病 壊れた細胞の回復させる528Hzの音と振動水
新型肺炎コロナウィルスを殺す唾液。
この音を聞いていると唾液が自然と多く出て来ます。
唾液は歯周病菌や虫歯菌を殺しますが、ガンの原因となる活性酸素を減少させる効果もあり、胃の消化を助け、風邪のウィルスを殺し、肉体の老化を防止する働きがあります。
新型肺炎コロナウィルスはお年寄りが多く犠牲になります。これは年をとってくると唾液が少なくなって免疫力が落ちているからであります。
逆に、よだれの多い赤ちゃんはそれにかかっても助かるケースが多くなっております。
ソルフェジオ周波数による治療は驚くほどの効果があり、そのため薬品会社からの圧力があった。というエピソードですが、その中の一つ、歪みの少ない正弦波の周波数528Hz(ヘルツ)は、理想への変換、奇跡、細胞の回復を施すといいます。
「これを水に振動させ飲用したらどうなのだろう」という発想で生まれたのが、ここに紹介する「528Hzの振動水」であります。
結果的に難病患者にとって癒しを与えられる良い効果があることが判明しました。
放射能被爆、難病、奇病に遭われている方々にとってこれは朗報?この振動水を毎日飲用すれば、きっと奇跡的に健康な精神を取り戻して、本来の肉体へと回復していく可能性がある。
また、病人だけではなく、普通の方にも健康維持にお勧めする。どうぞご自由にお試しを。
尚、パソコンからではなく携帯、スマホからでも手軽に振動水を作れる。(振動する時間は5から10秒程度でも効果があることが判明)
これは基本的に水なので、薬のような大きな効能、即効性はあまり期待しないように。
しかし、長い期間(難病には数年間)飲用していると、自然治癒力が増して少しずつではあるが体は癒えてくる。
※ 528Hzで病気が癒えない場合、444Hzや963Hzを使用すると治る場合がある。
ヘッドホーンにて、毎日、数回それなりに大きくして聴いていると、鼻、目、耳、脳、そして体内の病が自然に癒えてくるかも知れない。
https://www.youtube.com/channel/UCeDH...
これだけだと、信憑性がないですが、周波数で病気を治す方法は、まともな技術です。
裏付けとして、後半に、以前紹介したライフ博士についての記事を貼り付けておきます。
これを読めば、理屈も分かるし、素晴らしい技術であることが分かると思います。
その前に、周波数について解説しておきます。以前書いた記事からの引用です。
波長とは
波 です。
波、一回です。
波が、一回振動した時に、進む距離の事を 波長 と言います。
波長は、波の山→山、あるいは、谷→谷までの長さなので、単位はメートルで表します。
波長 = 波の幅(一回の振動で進む距離)
電磁波は、波長の長さによって分類されています。
大雑把ですが、波長が長い方から「電波」、「光」「放射線(X線・ガンマ線)」と呼ばれます。
これらは、波の回数が違います。
周波数とは
次の図を見て下さい。
左から右までの長さを、「1秒」とします。
1秒間に「波が振動する回数」のことを「周波数」と言います。
単位はヘルツ(Hz)です。
これはドイツの物理学者、ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツ(Heinrich Rudolf Hertz)の名前です。
1秒間に、波の数が1回の場合、周波数は1Hz。
1秒間に、波の数が2回の場合、周波数は2Hz。
1秒間に、波の数が4回の場合、周波数は4Hz。
周波数 = 一秒間に波が振動する回数
2Hzよりも4Hzの方が、波の数が多い(周波数が高い)です。
しかし、「波の数」が増えると、「一つの波のサイズ」は短くなります。
従って、周波数が高く(波の数が多く)なると、波長は短く(一つの波の距離は短く)なります。
それでは、ライフ博士のお話です。
これで病気が治るなら、地震が起きた時にアナウンスする街中のスピーカーで流したり、病院とか、携帯でも聞けるようにしたら、良さそうな気がします。
『THINKER』より引用
がんは光で簡単に殺すことができた!
医療従事者でも、その名を知っている人は、少ないのではないでしょうか。
ロイヤル・レイモンド・ライフ博士。
これほど、医療において革命的な発明・発見をした人物はいないと言っても過言ではありません。
ライフ博士の偉業を、誰にでもわかるように簡潔に言ってしまえば、 人々を苦しめる、あらゆる種類の病気を、完全に治療する方法を、約 80 年も前に見つけた人物です。
果たしてそんなことが可能でしょうか。とても信じられませんね。
残念なことに、病気で死んでいく人は後を絶ちません。
ライフ博士の魅力的な治療が本物であるならば、先進治療として、スタンダードになっていいはずです。誰もが抱く疑問の答えは、医療の正史には決して出てこない、抹殺された天才の壮絶な人生が物語っています。
隠され続けた発明と、ライフ博士の生涯を振り返ってみることにしましょう。
多くの専門分野を持つ科学者
ロイヤル・レイモンド・ライフは、機械系の技術者であった父ロイヤル・レイモンド・シニアと母アイダ・メイ・チェイニ-の次男として、 1888 年 5 月 16 日に米・ネブラスカ州で生まれました。
母は、ライフが生まれて 8 ヶ月後に病気で他界しました。その後は、叔母のナイナが、 17 歳までのライフ少年を自分の子どものように育てました。
幼いころから様々なことに興味を持ち、多才で聡明だったライフは、医者になることを決意し、ジョンズ・ホプキンス大学に進学し、医学を勉強し始めました。
次に細菌学に興味を持ったライフは、ハイデルブルグ大学で多くの菌類標本の写真の撮影に成功しました。
その分野での多大な功績をたたえ、後の 1914 年には、同大学から寄生虫学の名誉博士号を授与されています。
また、微生物の観察に関し、当時の顕微鏡の倍率の限界に不満を感じたライフ博士は、随一の技術を有する光学レンズ会社・ツァイス社で働き、光学レンズについての知識を深めました。
その後、ライフ博士は、病理学における微生物の生態研究を深めるためにカリフォルニアに移ります。
そこで、知りあった東洋系アメリカ人女性メイニー・クインと知り合い恋に落ちます。当時の強い人種差別の風潮の中でも、ライフ博士は、彼女に対する思いを変えることはありませんでした。
その想いを詩にして手紙に書き、二人は結ばれます。 1912 年に結婚し、子宝には恵まれませんでしたが、メイニーはライフ博士のよき伴侶であり続け、その結びつきは 1957 年にメイニーが亡くなるまで続きました。
ライフ博士は、専門分野をいくつも独学で身につけており、それまでの科学の枠にとらわれない答えを直感で探し当てることができる科学者でした。
つまり、ひとりで各分野の科学者や技術者が集まったチームのように、知識や技術を自由に操ることができたのです。
ゆえに、新たな目的のために新しい技術が必用とされるときに、ライフ博士はすべて自分で機械を発案し、設計していました。
ライフ博士の数々の発明品の中には、ヘテロダイン・紫外線顕微鏡やミクロ解像管、極微操作装置などがあり、広範囲にわたる知識を有していたことがわかります。
ジョンズ・ホプキンス大学は、2年前の2018年に、報告書でコロナウイルスの予想、警鐘をならしていたようです。
また、コロナウイルスの感染者マップも公開しています。
脅威の顕微鏡「ユニバーサル・マイクロスコープ』
1910 年代当時、がんやその他の病気の原因である病原菌の真の正体をとらえようと研究していたライフ博士は、当時の顕微鏡の性能に限界を感じていました。
当時の顕微鏡の倍率の限界であった 2500 倍では、実際に病気を引き起こしているウイルスを見ることはできないと、自らの手でより優れた性能の顕微鏡の開発に乗り出します。
そして、 1920 年までにライフ博士は、ウイルスを見ることができる世界初の顕微鏡を完成させました。
また、 1933 年には、約 6000 個の部品で作り上げた驚くほど複雑な装置である「ユニバーサル・マイクロスコープ」を完成させました。
これは、 60000 倍もの倍率を誇る顕微鏡です。 この驚異的な顕微鏡によって、 ライフ博士は生きたままウイルスを観察した世界初の人間となったのです。
60000 倍という拡大率は、今日の技術水準からしても、驚異的な数字といえます。
ちなみに、現代の電子顕微鏡を使用すると、その観察下で即座に全ての微生物は死んでしまいます。そのミイラ化した残骸か死骸が観察できるだけなのです。
一方、ライフ博士の顕微鏡のもとでは、生きているウイルスが目まぐるしく動き回り、環境の変化によって形を変えたり、発がん性物質と反応して素早く複製したり、また正常な細胞をがん化させていく様子を観察することもできたのです。
極小の微生物を生きた状態で 観察できるのは、診断と治療という目的のためには、非常に重要なことでした。
博士の技術
ライフ博士は抜群の拡大率を持つ顕微鏡を作るだけでは、無色のウイルスを見るには不十分であることに気付きました。
既存のアニリン染料で無色のウイルスを着色することはうまくできなかったのです。ウイルスは染料のコロイド粒子を吸収するには小さすぎたのでした。
そこで、 ライフ博士は、まずスリット分光器を使って、辛抱強く様々な病原菌、細菌のひとつひとつの分光学的特徴を特定しました。
その後、石英ブロックのプリズムをゆっくりと回転させ、研究対象の微生物に特定の波長の光を当てます。
この特定の波長は、現在では立証されている「すべての分子は固有の周波数で振動している」という事実に基づいて、分光学的特徴である固有の周波数と共鳴するものを選択したのです。
すべての分子を形作る原子は、エネルギーの共有結合をした分子構造の中で、その分子固有の電磁波周波数 を出したり、吸収したりしています。
そして、同じ電磁波振動やエネルギー特性を持つ分子は二つとしてありません。
ちょうど海で二つの波が重なると激しさが増すのと同じように、ある分子とその分子固有の周波数と同じ波長の光が重なると共振現象によって光が増幅され、強まるのです。
共振する特定の色の波長の光を微生物に当ててやると、それまで通常の白い光のもとでは見えなかったその微生物が 、その色の光に共振してあざやかにその姿を現します。
ライフ博士はこのようにして、通常の光では見ることのできない微生物を見て、それが活発に細胞組織を侵食していく様子を観察できたのです。
このユニバーサル・マイ クロスコープを使ってライフ博士が見ることのできた微生物のうち 75 %は、紫外線を使ってのみ観察できるものでした。
そして、紫外線は可視光線の波長の範囲外の光なので人間の肉眼でみることができません。そこで、ライフ博士は初期のラジオ放送ではよく用いられていたヘテロダイン(周波数を変換する技術)を使い、この問題を解決しました。
それはどのようにするかというと、まずそ の微生物に共振する紫外線の波長のうち、二種類の異なる波長の光を当てます。
紫外線であるこれらの光は、重なり合うとお互いの波長を妨害しあい、それぞれの振動数を弱めます。
このように二つの光の波が干渉しあい、お互いの波を弱め合い、打ち消しあうことによって、より長い波長の光が新しく生まれます。
これは、可視光線の範囲の波長の光であるため、肉眼で見ることができるのです。
このようにして、ライフ博士は、現代の電子顕微鏡でもまねのできないウイルスを生きたまま観察する技術を完成させたのです。
認められなかった偉大な功績
特筆すべきことに 、ライフ博士は、 なんと 1920 年にはヒトにがんを作るウイルスをすでに発見していました。
正常な細胞をがん化させる研究を 2 万回以上試みたのです。
さらにこの微生物の培養液から 400 種類もの腫瘍を作りだすことにも成功しました。
そして、これらの過程をすべてフィルムや写真に収め、その詳細にいたるまで記録に残し、このがんウイルスを「クリプトサイズ・プリモーディアルズ」と命名したのです。
ライフ博士は、 1930 年代当時の科学者には信じられないほどに進んだ境地に達していたため、理解できる人がいませんでした。
そのため、多くの科学者は、米・サンディエゴにある博士の研究所を実際に訪れて、自分の目でその事実を確認したのです。
バージニア・リビングストン博士は、ニュージャージ 州からライフ博士の研究所のあるサンディエゴに引っ越して、頻繁にライフ博士の研究所を訪れました。
彼女は、がんを引き起こす様々な細菌を特定した研究書を 1948 年から出版し始め、今ではその功績が讃えられる有名な科学者です。
彼女は、後に研究書の中で、がんウイルスを“プロジェニター・クリプトサイズ”と新しく名付けています。
しかし、ライフ博士の名前は、彼女の研究書の中には、一切記されていません。実際、このようにライフ博士の研究による大発見のほとんどが、ライフ博士の功績としては認められていないのです。
激しい論争
また、当時ライフ博士の顕微鏡でウイルスが様々に形を変化する様子を目撃した科学 者とそれを見たことのない科学者との間では、激しい論争が起きていました。
当時、影響力のあったトーマス・リバーズ博士などは、何の調査をすることもなく、ウイルスの形態変化を否定します。
リバーズ博士の顕微鏡では、これらのウイルスの形態変化は観察できなかったため、彼は、「このウイルスの形態変化説というものには論理的根拠がない」と論破したのです。
現代においても正統派の科学者たちは 、代替医療に関して、まったく同様の観点から評価して結論付けています。
前例がないのなら、すべて否定するのです。
1930 年代の空の旅は、危険をともなう大変なことであったので、彼らのほとんどは、ライフ博士の研究所があるサンディエゴまでわざわざ足を運んで自分の眼で確認することなどしませんでした。
それゆえに、 ウイルスのライフサイクル(生涯過程)は、実際にそれを観察したこともない人たちの手によって結論づけられ、科学的事実として確立されてしまったのです。
多くの科学者や医者たちも、暗視野顕微鏡を用いたライフ博士のがんウイルス発見と 、がんウイルスの多様に変化する性質の発見については、その功績を認めるところです。
また、ライフ博士は、当時の最先端をいく科学者たちとも仕事をしていました。
名前を挙げると、大手の非営利医療機関であるメイヨー・クリニック所長を長年務めたE.C.ローズナウ博士、ノースウェスタン・メディカル・スクール理事長アーサー・ケンダル博士、世界的に有名なジョージ・ドック博士、高名な病理学者であるアルビン・フード博士、南カリフォルニア大学学長のルーファス・クレイン・シュミット博士、パラダイスバレー療養所・監督責任者R.T.ヘイマー博士、米国医師会・南カリフォルニア支部長ミルバンク・ジョンソン博士など、その他にも大勢います。
そのような論争の中でライフ博士は、一切その騒ぎにかかわることなく、ただこの小さな殺人者・ウイルスを破壊する方法をより洗練されたものに仕上げていく研究に没頭し ました。
ライフ博士は、その姿を視覚化させるのに用いた技術と同じ共振・共鳴の原理を用いてウイルスを破壊することに応用したのです。
ウイルスを破壊する技術
ライフ博士は、 すべての物質と同様に、目には見えないレベルでウイルスもそれ独自の振動数で、振動していることに着目しました。
そして、そのウイルスと共振する周波数の光を照射して、ウイルスをさらに振動させました。
微生物がその構造的な形を維持するのに耐えきれなくなるまで照射レベルをさらに上げてやると、ウイルスの形は歪み、崩壊してしまうのです。
ライフ博士は、この周波数を「致死反応振動数(MOR)」とよびました。
そして、 この「致死反応振動数(MOR)」の光は、ウイルス以外の周りの正常な細胞には、いっさい害を与えないのです。
また、 電気を使用した治療法なので、実質的にわずかな電気代しかかからないため、治療費もたいへん安いものでした。
脱毛などの副作用に苦しんだりすることもなく、患者は、すみやかに治療されて、無事に家族の元にもどれるのです。
抗がん剤を用いた化学療法や放射線療法や外科手術のように命を危険にさらす必要もありません。
この治療法の仕組みは、ワイングラスをある特定の音波で、破壊できることに似ています。
目には見えませんが、ワイングラスの分子は、すでにいつも特有の音(その音波のいくつかの高調波と同じ振動数)で振動しています。その音と共鳴しているのです。
全てのものは、その物質個有の振動数で振動しているので、その音波で破壊されるのは、そのワイングラスだけです。
まさにありとあらゆる全てものは、他とは異なるそれ固有の共鳴振動数を有しており、それこそありとあらゆる周波数が存在しているのです。
この技術を完成させるのにライフ博士は、ヘルペスや小児麻痺、脊髄膜炎、破傷風、インフルエンザなどを含む数多くの危険なウイルスなどの病原菌を破壊する特定の周波数を発見するために一度に丸二日( 48 時間)通しで働くという生活を長年行っていました。
ワイングラスを、音で割る仕組みは、こちらが分かりやすいです。
平成28年度補助教材動画コンテスト④ ワイングラスは音で割れるか
著名な博士たちとの共同研究
1929 年、「ライフ博士が開発した顕微鏡でウイルスの生態の観察に成功した」という新聞記事が出ると、アーサー・ケンダル博士が友人のミルバンク・ジョンソン博士にライフ研究所を訪問して、本当か確認してくるよう依頼しました。
依頼の通り研究所を訪問した、ミルバンク・ジョンソン博士は、ライフ博士の先進的な研究に興味を持ち、協力者となりました。
また、アーサー・ケンダル博士も、ウイルスを培養して、生きたまま観察できる培養液(K- medium) を開発し、ライフ博士と共同研究をはじめました。
そして、 1931 年 11 月 20 日には、ミルバンク・ジョンソン博士による晩餐会が催され、米国内で最も尊敬される医学界の権威である 44 人が、ライフ博士とアーサー・ケンダル博士の共同研究の功績を祝いました。
1934 年、南カリフォルニア大学は、特別医療研究委員会を設立して、ミルバンク・ジョンソン博士のパサデナ郡立病院の末期がん患者を対象にライフ博士の研究所でがん治療実験を実施しました。
その研究チームには医者や病理学者が加わり、患者の診察を行いました。
3 カ月の診療の後、委員会は 86.5 %の末期がん患者が完全に治癒したと報告したのです。
さらに治療は継続され、残りの 13.5 %の患者も 4 週間後にはこの治療によって完治してしまいました。
ライフ博士の技術による治癒率は何と 100 %だったのです。
現代の最先端治療でさえ、がんの平均治癒率は、 15 ~ 30 %と言われていますから、この数値が、どれほど驚くべきものかおわかりになるでしょう。
しかし、驚いたことに 1939 年までには、晩餐会にまつわる医者や科学者のすべてが、ライフ博士という人物に会ったことなど一度もないと証言する事態にいたります。
ともに、研究をしたアーサー・ケンダル博士や、よき協力者であったミルバンク・ジョンソン博士も例外ではありませんでした。いったい何があったというのでしょう。
悲劇のはじまり
悲劇の兆候は、まずライフ博士を買収することから始まりました。
1934 年 には、米国医師会の株式をすべて所有していたモーリス・フィッシュベイン氏が、弁護士をよこして、ライフ博士の治療法の独占権を渡すよう要求しました。
しかし、ライフ博士は、それを断ったのです。
フィッシュベイン氏は 、過去にも、がんの薬草治療を開発したハリー・ホークシー博士を押さえこむために、圧力をかけたことがあります。
フィッシュベイン氏は、強力な政治的影響力を行使して、 16 カ月の間にホークシー博士を 125 回も逮捕させたのです。
全ての罪状は、無免許での医療行為であり、裁判では訴追を免れ ましたが、この度重なる嫌がらせのおかげで、ホークシーは精神的に追い詰められました。
フィッシュベイン氏は、アメリカ医学協会の会長であり、アメリカ医学協会誌の主任編集員でもありながら、生涯一度も患者を診たことがありませんでした。
彼は命を救うことよりも、金銭と権力への飽くなき欲望に意欲をもやす人物でした。
フィッシュベイン氏は、ライフ博士に対して同様の作戦を用いることは裏目に出ると考えたため、ライフ博士は、ホークシー博士のように無免許での医療行為と称して逮捕されませんでした。
というのは、もしそのように疑惑をねつ造して、逮捕させてから裁判に持ち込んでも、ライフ博士と研究をともにしていた著名な医療関係者たちが博士を弁護する証言台に立つことになります。
そうなると、当然、弁護側は、 1934 年のパサデナ郡立病院での臨床試験を持ち出してきます。
医薬品業界が一番恐れているのは、この痛みも費用もかからずに末期がんを 100 %完治させてしまう治療法の存在が明るみに出てしまうことなのです。
それに付け加え、ライフ博士は長年の研究内容の全てを詳細にいたり、フィルムや写真に収めています。これ以上の明確な証拠はありません。
だから、まったく別の方法 で潰されたのです。
まず、ライフ博士の研究所からフィルムや写真や研究書類の多くが盗まれました。しかし、容疑者が逮捕されることはありませんでした。
そして、ライフ博士の研究を立証するため、何億円もかけて設立されたニュージャージー州のバーネット研究所が放火されたのです。
これによって 、ライフ博士も窮地に立たされました。
というのは、コンピューターがなかった時代にこれらのデータを復元することは大変なことだからです。
さらに、ライフ博士の貴重な顕微鏡は何者かによって、破壊され、 5682 もの部品が盗まれました。
そして、最後にとどめを刺したのは、警察による令状なしの捜索と違法な没収です。
これにより、 50 年に渡るライフ博士の研究の残骸もすべて処分されてしまったのです。
徹底的な圧力と破滅
1939 年には、製薬産業を牛耳る一族の代理人は、元ビームレイ・コーポレーション社員の、フィリップ・ホイランド氏を援助して、ビームレイ・コーポレーション社のライフ博士のパートナーを相手取って根拠のない訴訟を起こさせました。
このビームレイ・コーポレーション社が博士の治療器を製造していた唯一の会社でした。
ホイランド氏は、敗訴しましたが、この訴訟を起こすことによって、ビームレイ・コーポレーション社に莫大な訴訟費用の負担をかけ、倒産に追い込みました。
当時、世界恐慌の時代 のさなか、この会社が倒産することは、ライフ博士の治
療器が商業的に生産される道が、完全に閉ざされてしまうことを意味していたの
です。
同時に、ライフ博士を擁護した医者たちもすべて、研究費の支給が打ち切られ、職場を追われることになりました。
一方、ライフ博士の治療法について知りながらも、そ れについて口を固く閉ざした者には、多大な資金的援助があてがわれました。
博士の研究を抹殺するには、いっさいお金に糸目をつけなかったのです。
なぜかといえば、日本を例にすると、がんの先進医療に対し、一人当たり平均して、約 300 万円(自己負担金額)も費用がかかります。つまり、膨大な利益を生む一大産業なのです。
このような事情から、当時、ライフ博士とがんウイルスの研究を共にしたノースウェスタン・メディカル・スクール理事長のアーサー・ケンダル博士などは、当時では破格の 2500 万円もの恩給を受け取り、さっさと引退してメキシコに引っ越してしまったし、また別の高名な医学博士で、ライフ博士と共同研究したにもかかわらず、固く口を閉ざしたジョージ・ドック博士なども莫大な恩給を受け取り、米国医師会から最高の栄誉ある地位を授与されています。
関係者のすべてが、アメとムチで釣られていく中で、クーチェ博士とミルバンク・ジョンソン博士だけは、ライフ博士の研究を続行することを断念し、もとの処方薬を用いた医療の世界に戻っていきました。
また、製薬企業からの資金で出版され、米国医師会によって牛耳られている医学雑誌は、 ライフ博士の治療について、どんな形であれ掲載することを禁じています。
そのため、医学生は大学で勉強中も就職後も、ライフ博士の医学上の大発見について全く知る機会もないのです。
ライフ博士の生きた時代は、まさに文明が急 速に進化していった時です。
馬から自動車、そして、飛行機へと。
ライフ博士は、 1905 年にアメリカ人の 24 人に 1 人が、がんにかかっていた時代から、亡くなる 1971 年には、それが 3 人に 1 人の割合まで急速に増えていく様をみつめていたのでした。
ライフ博士はまた、 米国がん協会やソーク・ファウンデーションなどその他の多くの医療組織が、彼がサンディエゴの研究所でとうの昔にすでに解決してしまった病気の治療のために、数百億円もの資金を調達し、その後急速に大成長を遂げていった様子もすべて知っていました。
ある時期には、 176,500 種類ものがん治療薬が医薬品として認可されるために検査を受けていたこともあります。
これらの中には、わずか 0.17 %でも好ましい結果が得られただけで医薬品として認可されたものもあります。
また、致死率が 14 ~ 17 %もあるもので認可されたものもあるのです。
この結果、がんでなく医薬品によって死亡した ケースにおいても、診断書には「完了」とか「部分的緩和」と書かれます。
なぜなら、患者は実際がんによって死んではいないからです。
事実、 医学界におけるがん治療において重要とされているのは、患者ががんで亡くなる前に薬の作用で殺して、それでがんに勝ったことにしてしまうことなのです。
結論として、ライフ博士の生涯をかけた研究と大発見は無視され、潰されただけでなく、おそらくは、ライフ博士とともに埋もれてしまったものと思われます。
ライフ博士の最後の 3 分の 1 の人生は、アルコールに溺れたものでありました。
無駄になった 50 年の研究生活からくる精神的な痛み、またすべてを鋭敏に知覚できる意識は、膨大な利益を手にする少数の既得権益者たちの傍らで、無為に苦しむ何百万もの人々を、酒の力なしで、忘れることはできなかったのでしょう。
1971 年、ライフ博士は、バリウム(精神安定剤)とアルコールの過剰摂取により帰らぬ人となりました。 83 歳でした。
ライフ博士は、自身の発明した治療器の特殊な光の照射を浴び続けていたため、アルコールの乱用にもかかわらず、これほど長生きできたといわれています。
現在のライフ治療
幸いにも、彼の死とともに彼の電子工学的治療が完全に終わりを告げたのではなく、少数ではありますが、良心的な人道主義の医師や技術者が、ライフ博士の治療器を再現させています。
また、 1986 年には、バリー・ラインズが記した「 The Cancer Cure That Worked (成功したがん治療)」によって、世に知られることになりました。
そして、現在では様々なデザ インや価格でライフ博士の周波数治療器と称する機器が出回っていますが、それがすべてライフ博士の治療と同じ効果を示すかは、わかりません。
というのは、ライフ博士の名前を出している治療器のほとんどが、オリジナルのものと、まったく別の構造をしているからです。
あの驚異の治癒率とは、ユニバーサル・マイクロスコープと、ライフ博士の日々の研究の賜物で、はじめて成せる技なのです。
単なる商用目的で、ライフ博士の名前が使用されているため、一般の誤解を生むことにもなっています。
もちろん、このように革新的治療法がはたして実際に存在するのか否かを最終的に判断するには、自分で試してみるしかありません。
なぜなら医薬品やもろもろの医療行為の研究結果が載せてある公的な医療関係の資料の多くは、すべて粉飾された「二重盲検法」によるものばかりで、その研究は、あらかじめ出資企業の望む結果を出すように仕組まれているのです。
それは、 THINKER 内の健康・医療に関する他のトピックスをご一読いただければ、よくわかると思います。
ただひとついえることは、徹底的に圧力をかけてきた歴史、事実があるということです。何の役にもたたない発明には、そんな仕打ちをする必要はないのです。
ライフ博士の周波数治療 は、現在においても、正式な医療としては、禁止されています。
その背景には、もしかすると、助かるかもしれない多くの命があることを忘れてはいけません。
ライフ博士を抹殺することで、医療業界の既得権益者にとっては、安泰の日々かもしれませんが、人類が失ったものは、あまりにも大きいのです。
参考資料:引用文献
RENSE.COM
http://www.rense.com/
RIFE RESONATORS
http://www.riferesonator.com/main.html?src=%2F
RIFE VIDEOS.COM
http://www.rifevideos.com.
Educate-Yourself
http://educate-yourself.org/cancer/rifelinks.shtml
初めまして。同じTHINKERさんのサイトにMMS(ミラクル·ミネラル·ソリューション)があったと思いますが、ご覧になりましたか?亜塩素酸ナトリウム(次亜塩素酸ナトリウムではない)とクエン酸を反応させる事で二酸化塩素を発生させ、その強力かつ安全な酸化作用を体内で行い、体内からウイルスや有害細菌等を破壊します。
MMS2というのは、体内で同じく次亜塩素酸(白血球が外部からのウイルス等に対抗する為に出す物)を体内で発生する物です。
ほとんどの細菌ウイルスに対抗でき、免疫に武器を与える物になります。
参考
http://mms12.jp/
アリヤさん
面白い情報をありがとうございます。
最近ゲホゲホ咳をしている家族に、444ヘルツを背中と胸部分にイヤホン貼り付けて昨日聞かせました。(本人の耳には聞こえていない)
今日咳がかなり減っていました。
勘違いでなく本当に減りました。
まぁ他に、ビタミンCもけっこう飲ませていますがね…。
個人的には耳ざわりではなく、いい音だと思います。
私も試しにこの周波数を継続して浴びてみようと思います。