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元々憲法改正賛成派だった人の解説です。

 

 

 

 

谷本議員と一緒に飛行機を降ろされたもう一人の人物・高橋清隆氏について

 

 

 

谷本議員らがノーマスクで強制降機! 釧路空港のエアドゥ機、「憲法違反を公然と行う航空各社への行政指導を国交省に求める」

 

 

一緒に飛行機を降ろされた反ジャーナリスト高橋清隆氏による、谷本誠一議員のインタビュー動画です。

 

 

 

 

 

身近な人が被害に合った時の為に

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タグ:不健康
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和食は素材の味を生かした料理だという嘘と、日本人が不健康な白米を止められないワケ

 

米に含まれる「糖質」は、あらゆる慢性疾患を引き起こします。

 

近年一般的になってきた「糖質制限」は、ダイエットのイメージが強いですが、最大のメリットは、これらの疾患を防げることにあります。

 

穀物、野菜、果物、お菓子・・・植物性食品は糖質が多く含まれているので、減らした方がいいのですが、この中で最も止めるのを嫌がれるのがです。

 

 

米が止められなくて、糖質制限が出来ない人は多いのです。最初から米を制限する気がない人もいますが、健康の為に米を止めたいという気持ちはあるけど、止められない人もいます。

 

 

何故だと思います?

 

 

「日本人だから」でしょうか? それとも、「人間の体には糖質が必要だから」でしょうか?

 

どちらも違います。このような思い込みは、洗脳によるものです。

 

 

何故なら、米が大好きなのは、アジア圏の人達も同じです。日本人だけが特別米を好きなわけではありません。

 

人間の体には確かに一定の糖質が必要ですが、体には「糖新生」という糖を作り出すシステムが備わっているので、本来、食事から糖質を摂らなくても大丈夫なのです。

 

 

実は、米が止められない本当の理由は、「米が美味しいから」です。

 

「日本人だから・・・」とか、「体に必要だから・・・」というのは、説明したとおり、何の根拠もないただの後付です。食べたいから、食べるべき理由をつけているだけです。

 

 

ここで、もう少し踏み込んで考えてみましょう。

 

 

糖質で美味しいものは、他にいくらでもありますよね。何故、米なのでしょうか?

 

 

麺類も、パンも、甘い物も、他のものは止められるけど、米だけは止められない・・・

 

 

その原因をハッキリ言います。

 

 

 

 

 

おかずのせい、

 

もっと言えば、和食の調理法のせいです。

 

 

 

元・白米好きの私が、日本人が白米が止められない原因と、白米から離れる秘訣をお話します。

 

 

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純粋にご飯が好きなわけではない

 

ご飯が好きな人でも、ご飯だけを食べる人は、そんなにいないと思います。

 

ここがポイントです。

 

いわゆる「ご飯好き」というのは、純粋にご飯が好きなのではなく、「ご飯とおかずのセット」が好きなのです。おかずを、ほんのりした甘みで中和した味が好きなのを、「ご飯が好きだ」と勘違いしているだけです。

 

 

セットが好きなのを「ご飯が好き」と勘違いしている状態ですから、米を止める為には、「おかず」の味付けを見直す必要があります。

 

日本人が米を止められないのは、おかずの味付けがすぎるからです。

 

 

和食に対する勘違い

 

 

「おかずの味が濃い」

 

こう言うと...

 

 

「え? うちは味付け薄いよ。素材の味を生かした和食が中心だしね。」

 

 

と思う人が必ず出てくると思います。

 

しかし、その和食自体が、本当に「素材の味を生かした味」なのかを考えて欲しいのです。

 

「和食は素材を生かした味付け」と散々言われているので、みんなそう信じきって、和食を作り、食べていると思いますが、

 

 

ハッキリ言って、和食の大半は、素材の味を生かした料理ではなく、素材の味を一旦消して、味を上塗りする調理法で成り立っています。

 

会席料理は味付けが薄いのかもしれませんが、日常的に日本人が食べているほとんどの和食は、素材を生かした料理とは言えません。

 

 

 

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調味料の減り方が半端ない和食

 

 

私は基本的に和食よりも、インド料理、中華料理、その他アジア料理を好みます。従って、和食を作る回数は、他の人よりも圧倒的に少ないです。

 

特にアジアの家庭料理が好きで、レシピ本や、youtubeをお手本に作ります。

 

で、私は料理があまり得意ではないので、きっちりレシピ通りに料理を作るタイプです。

 

それで気が付いたのですが、アジア料理の場合、家庭料理であれば、レシピ通りに作っても、味は濃くなりません。香りが強いとか、脂が多くてこってりすることはありますが、「味付け」は、日本の料理に比べると薄いです。

 

日本人が「外国の料理のレシピ」を作った場合はそういうことはないのですが、「外国人が作ったレシピ」は味が薄い傾向があります。なんというか、薄くてご飯に合わないのです。

 

 

そんな私ですが、一時期、ある和食料理人のレシピ本にハマって、珍しく毎日和食を作っていた時期がありました。

 

日本料理人が考えた家庭料理の本です。

 

そのレシピ通りに作ると、味は最高に美味いのですが、砂糖がメチャクチャ減ります。

 

砂糖に限らず、醤油や酒等、他の調味料もかなり減ります。こんなに使わなきゃいけないの?とは思うのですが、プロの料理人が考えたレシピですから適当ではないはずです。真似をすると美味ですが、やっぱり調味料が気になります。

 

しかし、これは彼の考えたレシピに限った話ではありません。

 

女性向け雑誌に載っていたレシピや、料理研究家の考案したレシピ、クックパッドにいたるまで、とにかく和食を作ると調味料の減りが異常に早い事に気が付きました。

 

 

私が外国料理にハマッたのは、薄味で、香辛料が多いからです。その私にとって、和食は調味料を使いすぎ、味にパンチがあると感じました。日本料理が濃いというのは薄々感じていましたが、自分で料理を作ることで確信しました。

 

 

言うまでもありませんが、調味料が減るという事は、それだけ素材に、味が添加されているという事です。

 

 

 

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和食は調味料漬け

 

 

冷静に考えると、和食は下茹でしたり、水にさらしたりするので、アクは逃げますが、それによって、素材の味も逃げていきます。そして、味の無くなったところに、大量の調味料を加える調理法です。

 

「これのどこが素材を生かした味なんだろう」と思いました。

 

そういう目で和食を見ると、実生活の知り合いの料理でも、テレビで紹介される料理でも、とにかく調味料の味が前面に出たような料理が目につきます。

 

 

「下処理をするから、大量の味付けが必要」なのか、

 

「大量の味付けをするから、全体の味をまとめる為に、下処理をして素材から余計な味を抜く必要がある」のか

 

 

・・・は、わかりませんが、素材本来の味が複雑に交わるような味は、和食からは感じません。

 

和食は、素材の味というより、「肉じゃがの味」「胡麻和えの味」「筑前煮の味」・・と、まとめた味ばかり目立って、素材の味は影に隠れている感じがします。

これは料理自慢の日本人女性の料理や、小料理屋の板前が作った料理に至るまで、あらゆる和食を食べて感じる事です。

 

素材の味は目立たない代わりに、調味料の味は目立つので、どの料理も同じ味がして、飽きてきます。

 

・・・これが、私が和食をあまり好きではない理由です。

 

(※野菜を水にさらしてアクを抜くことで、フィチン酸の害は減りますから、一概に「水にさらしたりするのが悪い」とも言えません。むしろ健康の事を考えればそうした方が良いでしょう。)

 

 

確かに和食には、「素材の味を生かした料理」もあります。焼き魚に、刺身、お吸い物、焼き牡蠣・・・これらは、余計な味を加えずに美味しくいただける素晴らしい料理です。列挙したものは私の好物でもあります。

 

しかしこれらは、毎日食べる食事のうち何%を占めているでしょうか?

 

和食中心だと多くの場合、これら以上に、味をしっかり添加された料理が食卓に並ぶのではないでしょうか。

 

和食は見た目が綺麗で「脂が少なくあっさりしている」、「素材を生かした料理だ」と言われているので気付きませんが、実は凄く味付けの濃い料理です。例えば酢の物はあっさりしていますが、そこに使われている砂糖の量に気が付いていない人は多いです。

 

子供の頃からそれに慣れていると、その感覚が標準になりますから、それだけ味が濃くても気が付かないわけです。しかも、「素材の味を生かした料理だ」と洗脳もされているので、濃い味を薄味と勘違いしています。

 

和食に限らず、和食の感覚に慣れた人が、外国の料理を日本風にアレンジすると、やはり味付けが濃くなります。

 

従って、「和食は味が濃い」というより、「日本人が味付けをすると濃くなる」といった方がいいかもしれません。

 

どこの国の料理でも、日本人が作ると「味の濃い料理」になる傾向があります。そして、これこそ「白米が止められない原因」です。

 

 

(追記)和食の感覚に慣れた人が外国料理を日本風にアレンジすると味付けが濃くなるのは、ご飯に合わせる為です。例えば、ハンバーグは柔らかくすることで「ご飯に合う仕様」になりました。

 

つなぎ不要!食べ応えのある食感のハンバーグは低糖質でヘルシー

 

 

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ご飯がないと辛くて食べられないおかず

 

 

味が濃いと、辛いので何かで中和したくなります。

 

そこで登場するのが、ご飯です。

 

 

例えば、ぶり大根、さばの味噌煮・・・

 

あれは旨いですが、お酒もご飯もなしに食べると濃いと思いませんか?なんであそこまで濃い料理を発明したのか...。私はご飯がないと、この料理はキツイです。

 

 

こうして、「ご飯がないと食べられないような濃い味付けの料理」を、作って食べ続ける限りご飯は止められません。これは当たり前です。

 

おかずの味を薄くすればいいのですが、日本人は何故かそれをする人は少ないです。

 

 

おかずの味を薄くしたら、今度はご飯があまり美味しく感じられないから物足りない。だから、おかずの濃さはそのまま・・・。

 

このように、ご飯が止められない原因はおかずにあり、おかすの味付けを薄くできないのはご飯があるからなのです。だからこの2つはセットなのです。

 

 

 

 

ご飯至上主義だった昔

 

 

今でこそ、和食の問題点について語っている私ですが、元からこうだったわけではありません。

 

元々は「ご飯と、ご飯の供さえあれば良い」というくらいご飯が好きでした。麺類だったら、ご飯が食べれなくてガッカリしていた程です。

 

梅干、明太子、納豆、カレー、山芋、刺身、ふりかけ、お茶漬け...

 

今思いつく限りで書きましたが、これらは20歳頃まで、私が最も好きだった食べ物です。見てもらったらわかる通り、これらは全てご飯に合うおかずです。ご飯の共にならないおかずは好きではありませんでした。

 

母親は栄養を考えて料理を作るので、おかずを食べない原因である、梅干、明太子、ふりかけ・・・等のご飯の共を、あまり出してくれませんでした。

 

そのぐらい、昔の私は、「おかず食いの人間」ではなく、「ご飯食いの人間」でした。

 

おかずが不味いのは許せても、ご飯が不味いのは許せないわけです。私はグルメではありませんから、「銘柄」とか、「炊き方」まではうるさく言いません。ですが、釜の底の固くなったところや、冷ご飯の色が変わっているところは食べたくなかったです。

 

とにかく食事は、「白いご飯を食べる事」が大事でした。なので、おかずの好き嫌いは、「ご飯に合うと思うかどうか」で決まっていました。

 

ご飯に合うと思う=美味しいおかず

ご飯に合わないと思う=美味しくないおかず

 

・・・こういう基準です。

 

 

 

人によってご飯の共は様々なので一概には言えませんが、私にとって

 

おでん、筑前煮、肉じゃが、野菜炒め、酢の物、山菜、天ぷら、

 

・・・等の具がゴロゴロした料理は「ご飯とは合わない」と思っていたので、何が美味しいのか分かりませんでした。

 

こういう「おかず単体で食べても美味しい料理」が好きじゃなかったのです。体の為、栄養の為、もったいないからという理由で食べていました。

 

飲食店に行く時も、「白いご飯」を扱っていないお店に行くのは不満でした。中華料理のお店も、ご飯系がチャーハンやお粥しかメニューにない場合は不満です。麻婆豆腐も、白いご飯と食べたいと思っていましたから。

 

このように、昔の私はご飯が中心でした。

 

和食に限らず、洋食や中華料理にいたるまで、全てこの基準で決めていましたから、「ご飯とは無縁の料理」に対する評価は、自然と低くなります。

 

パンやパスタも美味しいですが、やはり「ご飯とセット」で食べる組み合わせじゃないと、食べた気がしません。

 

昔は、「外国の料理って、ご飯に合うおかずが少ないな~」って思っていました。反対に、ご飯に合うおかずが多い日本料理は、世界で一番美味しい料理だと思っていました。

 

 

しかし、この味覚は、20歳くらいから、次第に変わっていきました。

 

キッカケは外国の料理を食べたことです。

 

 

 

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外国の料理

 

 

日本で食べる外国料理は、日本人の味覚に合わせてあります。最近は時代も変わって、本場の味を提供するお店も増えてきましたが、私が子供の頃は、洋食屋にしろ、中華料理屋にしろ、日本人向けの料理でした。

 

そんな事は知らないので、日本向けに作られた味を、「これこそが外国の味だ」と思って、美味しいと思いながら食べていました。

 

ですが、ある時、台湾人女性の作った本場の台湾料理をいただきました。

 

その方は料理上手と評判だったので、凄く期待して食べたのですが、美味しいと思えなかったのです。今食べると評価は違ったと思いますが、その当時の私には、「パンチのない、ぼけたような味」でした。味の主張がないのです。

 

 

「これが料理上手女性の作った料理なのか...と思いました。

 

その場にいたみんなは、「美味しい、美味しい」と言って持ち帰っていたので、「私の味覚が変なのかな」と思いました。

 

それが序章です。

 

 

その感覚は、後に行った台湾旅行でも体験しました。

 

 

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外国の料理に対する不満

 

 

「台湾の料理は美味しい」と聞いていたので期待していたのですが、そこでもやはり、以前台湾の家庭料理を食べた時と同じ体験をしました。

 

一週間のうち、ホテルに泊まる事もあれば、普通の家庭に泊まらせてもらう事もありました。

 

泊めてもらった家のお姑さんが、これまた料理自慢だと聞いて期待していたのですが、やはり、どこか「抜けたような味」というか、「ものたりないボケた味」に感じました。色んな味はいっぱいあるけど、まとまりのない味です。

 

 

なので、同じように「これが料理上手の人の作った味なのか...」と思いました。

 

ですが、そう思ったのは家庭料理だけじゃありませんでした。

 

ツアーではなく、現地に住んでいた事のある人と旅行したので、ガイドブックに載っていないようなお店から、高級な薬膳料理のお店、屋台と、色んな料理を食べました。

 

しかし、そのほとんどの食べ物は、私には美味しいと感じられませんでした。香菜や八角等、それまで、日本の中華料理屋で味わったことのない香りもなかなか慣れませんでした。

 

なにより、白いご飯にありつけなかったというのが最大のストレスでした。

 

食べた気がしないんですよ。

 

おかずがどうこう・・・とか、もはや関係ありません。

 

主食がなかったわけではありません。主食は主食でも、チャーハンとか、お粥とか餃子ではなく、「普通に炊いたご飯を食いたい」と旅行中ずっと思っていたのです。

 

結構良いものを食べたので、今思い返せば実にもったいない話で、もっと味わっておけば良かったと思うのですが、当時の私には、あれを美味しいと感じる味覚がありませんでした。

 

 

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味覚の変化

 

 

旅行中は「味付けのハッキリしたおかずが食べたい」、「香辛料が少ない料理が食べたい」、「白いご飯が食べたい」と思っていたのですが、何日もいると慣れるもので、

 

日本に帰る2日前ころから、異国の香辛料の香りとか、ご飯が無くても食べられる薄味のおかずに、少しずつ慣れていきました。

 

 

それまでは、「日本的な味」しか美味しいと思えませんでしたが、ここから味のキャパシティーが広がった感じです。今思えば、私の香辛料好きはここから始まりました。

 

飛行機に乗る前の最後の昼食は凄く美味しかったのを覚えています。

 

 

こうして、台湾の料理の味に慣れたころ、日本に帰国しました。

 

すると、今度は逆のカルチャーショックが起きたのです。

 

 

日本の料理に対する見方が変わった

 

 

私の周りには、海外旅行から帰国して、和食を食べて「やっぱり日本の料理が美味しい」と言う人は多いのですが、私は違いました。

 

帰って最初の夕食を食べた時の話です。

 

あれほど食べたいと思っていた、「白いご飯」と、「ご飯に合うおかず」が何故かあまり美味しく感じませんでした。香辛料がないことの物足りなさ、余計な味が多くついている気がする違和感、単調な味、食べたものは、それまでと変わらない母の作るバランスの良い食事でしたが、まるで違うもののようでした。

 

味付けが濃いと思いました。

 

受け取る側の感覚の違いでこれほど違って感じるのかというくらい、私の味覚や嗅覚が変わってしまったのです。そして、他のどの料理を食べても同じような感覚になりました。

 

台湾で食べた中華料理が気に入ったため、それまで以上に中華料理が好きになったのですが、その後どこの中華料理を食べても、現地のような香辛料の香りはなく、味付けが濃くて、ご飯に合うような味に改良されているように感じました。

 

その時、それまで食べていた中華料理の味も、実は日本人の口に合わせてある事に気付きました。

そこで、「日本人の作る料理って味付けが濃いな」と思ったのです。

 

 

 

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何故和食は味付けが濃いのか

 

 

「何故日本の料理はこんなに味が濃いのか」と考えました。

 

台湾では、おかずがガッツリあって、白いご飯が無くても、(慣れたら)不満を感じなかったのに、日本に戻ると、おかずだけでご飯がないと食べにくいのです。

 

そこで気付いたのですが、日本では、「白いご飯を美味しく食べる事」に重点を置いています。

 

その為、ご飯をより美味しくする為に、おかずの味を濃くするのだと。

 

それか、濃いおかずが先にあって、それに合わせる為にご飯が重要視された可能性もあります。

 

・・・どっちが先かはわかりませんが、「ご飯」と「おかずの味の濃さ」は無関係ではありません。持ちつ持たれつです。

 

 

 

主食とおかずという概念

 

 

私もそうでしたが、日本人は異常なまでの白米信仰です。

 

以前、料理をご馳走してくれた台湾女性に、「日本人は、ご飯のおかずに餃子を食べたり、ラーメンとご飯を一緒に食べる。炭水化物と炭水化物の組み合わせだから変だ」と言われた事がありました。

 

でも、日本人の感覚からしたら、全然変じゃありません。

 

それは何故か。

 

日本人にとって「餃子」は、ご飯に合う「おかず」なのです。「炭水化物」などという栄養的、理論的な概念はありません。

 

私は小食なので、「ラーメンとご飯」は入りませんが、「餃子をおかずにご飯を食べる」は普通にしていました。

 

 

当時は、「ご飯に合えば、何でもおかずに変身する」と思っていたので、それほど変な事だとは思いませんでした。今程ではないですが、当時もそれなりに栄養に気を使うタイプではありましたが、「ご飯」に対しては甘い認識だったのです。

 

 

もちろん今はそんな事はしません。外食で餃子を食べることがあったとしても、餃子だけです。

 

私も人の事は言えませんが、今でも「ご飯と餃子」の組み合わせをおかしいと思わない人は大勢いると思います。

 

料理に過剰に味をつけたり、炭水化物をおかずに炭水化物を食べるという奇妙な組み合わせを発明するのも、全てご飯を基準に考える白米信仰に根ざしたものです。

 

 

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本当の素材の味とは

 

 

後でわかったのですが、この台湾女性は薄味好みでした。

 

ある時ドレッシングなしでサラダを食べたと聞いてビックリしました。塩も使わないのです。

 

 

私は味が添加されていないサラダは食べれません。

 

 

「よくドレッシングがなくて食べれるな」と思ったのですが、本人は「時々、私、牛?って思う」と言って笑っていました。

 

 

なんというか、味付けがされてなくても、素材の味を堪能できるって、ある意味凄い事です。舌が発達しているようです。

 

 

私も試しにレタスを何も付けずに、そのままかじってみたのですが、何が美味しいのかさっぱりわかりませんでした。

 

 

ていうか、これだけ食えんし・・・。

 

 

 

ドレッシング等の味を付けないと、素材の味を美味しいと感じられない私は、鈍感だといえます。

 

先程、この台湾人女性に料理をご馳走になった時、私には美味しく感じられなかった話をしました。

 

素材の味に敏感な彼女は、薄い味付けで素材の味を生かした料理を作っていたため、素材の味に敏感な人達には美味しく、「添加された味を美味しい」と思い込んでいた私には美味しく思えなかったのです。

 

 

 

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しっかり味をつけている料理を「素材の味だ」と言い張る日本人

 

 

わが家は、母親が健康に気をつけてバランスよく料理を作っていましたが、それでも味付けが濃かったんだと思いました。

 

 

それは家だけの傾向ではなく、他の家庭も同じでした。私の周りは、料理が得意な人が多いので、よその家庭料理を味わう事は多いですが、わが家よりも味はしっかりついています。「うちより薄いな」と思った事はほとんどありません。

 

 

「和食は素材の味を生かした料理だ」と言われています。

 

 

しかし、実態は「ご飯に合うように、素材の味を消して、味をしっかり付けた料理」が和食ではないのかと思うようになりました。

 

2015年に、料理上手な女性に昼食をご馳走になったのですが、すごく美味しい肉料理だったので、何で味付けしたのか聞いたところ、

 

(何だったか覚えていませんが、4種類くらいの調味料で)しっかり漬け込んで焼いただけ、素材の味を生かした

 

と言われました。

 

 

 

・・・・・素材の味を生かした、ですと?

 

 

おかしいと思いませんか?

 

4種類の調味料の味が染み込んだ状態が、どうして素材の味になるのか私には意味がわかりません。

 

 

ご馳走になっている手前、それ素材の味じゃないし・・・等とは、言えませんが、どう考えても調味料の味です。

 

味は美味しいですよ。だから作り方を聞いたわけです。

 

 

 

 

●しっかり味付けしたものを「素材の味を生かした」と、はたして言えるのだろうか。

 

●肉に塩だけみたいなのが、本当の素材の味ではないのか。

 

●どうして料理上手な女性が、こんなおかしな認識をするのか。

 

 

 

言っちゃ悪いですが、日本人は「素材の味を生かす」という言葉の意味を勘違いして使っています。

 

 

味付けしたものが悪いと言っているのではありません。

 

しかし、味をしっかり付けたものが、どう間違えたら「素材の味」として認識されるのかです。そんな嘘はいけないでしょう。早急に正す必要があります。

 

和食は「ヘルシー」と言っている事、味付けの濃いものを薄いと嘘をついている事を「間違っている」と指摘しているのです。

 

体に悪いものを良いと言えば、それを信じて食べた人が病気になりますし、味付けが濃いものを、「素材の味を生かしている」と表現して味付けが薄いように思い込ませれば、いつまでたっても、味付けの濃い料理はそのままです。

 

 

それを食べている限り米が止められないので糖質過多になります。

 

 

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ご飯を止める方法

 

 

和食でも、塩だけふって焼いた魚とか、お吸い物とか、刺身なら、「素材の味」だと思います。

 

しかし、それ以外のほとんどは、「素材の味」とは程遠いと思います。板前が作った料理はわかりませんが、一般の日本人が普通に家庭で食べている和食は調味料たっぷりです。

 

 

その事に気付かなければ、おかずを中和する為に、ご飯が必要になるので、ご飯を止めることは難しいでしょう。

 

「慢性疾患の予防をしたい、でも、ご飯を止めたいけど止められない人」は、先におかずを見直す必要があります。「ご飯がなくても美味しい」と思える味になるまで、調味料を限界まで削ぎ落とした薄味のおかずを作るのです。

 

 

「今食べている料理は味付けが濃い」と認識出来なければ、調味料も減らしませんから、それを分かってもらう為に、「和食は本当に素材の味を生かした料理なのか」について書いてきました。

 

薄い味と思い込んでいるだけで、実際には、ご飯が進むような味付けかもしれません。

 

ちなみに、今私は一日10g以下の糖質制限をしているので、調味料はほとんど使いません。砂糖、みりんは、基本的にNGとしています。酒、醤油、酢は、大匙一杯程度使う事はあります。

 

この条件だと、調味料過多のほとんどの和食は作れません。

 

 

和食を諦める

 

 

年配者には酷かもしれませんが、いっそのこと、和食を諦めるというのも一つの手です。

 

 

私はなるべく調味料に頼らず美味しい和食を作ろうと思いましたが、この状態で、和食を作るのは非常に難しいです。

 

調味料を減らすと、和食は途端に不味くなります。

 

味が決まらないのです。

 

下処理を丁寧にやろうが、良い出汁をとろうがです。

 

これをやってみて初めて、和食がいかに調味料に依存した料理かがわかりました。

 

味付けを濃くしないと美味しく感じられないような料理は大したことがない・・・なんて言ったら怒られるかもしれませんが、食材の味を無視していることは確かでしょう。

 

従って、今私が頻繁に食べる和食といえば、調味料をあまり必要としない、魚の塩焼き、刺身、納豆、豆腐だけ味噌汁、豚汁・・・とかになります。

 

 

 

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(追記)日本料理の調理法を分析する

 

 

私は料理人ではありませんので、日本料理に対して否定的な事を言うと、「お前は料理人でもないくせに知ったような事を言うな」と言う人が出てくるかもしれません。

 

これまでも身近な人に日本料理のおかしな点について話して、それに近い事を言われた事があります。

 

というわけなので、ここで料理人の意見を参考にしてもらいたいと思います。

 

以下は、フランスのお菓子を作る方なのですが、興味深いことを言われています。

 

『失われし食と日本人の尊厳 荒廃した日本の食と闘う鬼才パティシエが追い求めた「真実のおいしさ」/著者・弓田亨』より引用

 

1 きれいな料理のため栄養素をやみくもに投げ捨てる料理法が日本人の心と身体に不幸をもたらした

 

これから述べる、料理法はまぎれもなく日本人の身体を地に貶めた、もっとも大きな原因の1つと考えています。この料理法とは、形式的な実体のないおいしさのために、食材の中の栄養素をただやみくもに捨て去る料理法です。

 

多くの方は、ここまで書いても私がどんな料理法を指しているかお分かりにならないと思います。それは多くの読者が、今日もされようとしている料理法です。

 

素材を水に着けて灰汁を取る。下茹でする、あるいは煮汁が沸騰したら執念を持って表面に浮いてくる灰汁を取り続ける。

 

そしていりこは糞くさいと言って頭や腸を取り去る。

あるいは一番出汁、二番出汁という手法により、鰹節から軽く出汁をとり、煮汁を搾り取った鰹節は捨ててしまう、いつもの慣れ親しんだ料理法です。

 

「どうしてそれがいけない料理法なの。誰もが当たり前にしていることですよ」と多くの方が不満と疑念を持たれるでしょう。

 

でもこんな七面倒くさいことは、私の子供の頃は普通の家では誰もしていませんでした。乾物などを戻すためにつけていた水で最後まで煮る、ただそれだけでした。

 

煮汁の表面に浮いてくるものを汚いからとすくい取るなんて考えたこともありませんでした。

 

ましてや煮干は一尾すべてを食べるのが大事だということを、理屈では分からなくても、誰もが先人の教えとして受け継いでいました。味噌汁のいりこを残そうとした時の母の怒りようは、何にもましてきつかったように思います。

 

「煮干、全部食わねど身体丈夫になんねぞ」、今でもあの母の声はよく記憶に残っています。

 

今、私達が「灰汁」として身体に良くないものと思い込んでいるものは、私達の身体があえぎながら渇望している栄養素なのです。

 

これなくしては身体や細胞が変調をきたし、やがて様々の疫病を引き起こしてしまいます。

 

(中略)

 

本当に徹底して下茹で、灰汁抜きをしてこられた家では身体に変調をきたしている確立は100%に近いのではないかと思います。現在、70歳代から後の世代の方で家にアトピー性皮膚炎の子供がいる家庭では確実に、下茹で、灰汁抜きのご飯を作られてきました。

 

この頃のお母さん達は、1970年代以降に土井勝氏の影響を強く受けた人達です。

 

土井氏はNHKテレビで、きれいな料理の作り方を全国の家庭に浸透させているところでした。

 

この啓蒙を受けたお母さん達は大勢おられるはずです。

 

またこの頃から日本の素材からは急激に栄養素が欠落し始めてきたと思われます。ちょうどこの2つのとても重要な変化が重なる時期なのです。

 

(28~29p)

 

「素材の味を生かした料理」というのは、誰が言い出したのでしょうか。

 

実態を確認せずに表現するのはいかがなものかと思います。

 

そこには、私の母のかつての日々の食事作りの中ではまったく目にした記憶のない料理法が次から次へと繰り広げられています。

 

執拗に灰汁抜き、下茹でが繰り返されます。

 

こんにゃく、さといもなど五種類の素材をそれぞれ1つずつ下茹でして、その煮汁を捨てて、改めて新しい水で煮ていきます。

 

中にはさらに下煮をするものもあります。

 

これだけしつこくすれば素材の味わいは著しく失われ、私にとっては間の抜けた眠りこけた味としか表現できない「上品な薄味」の素材と煮汁ができます。

 

何も味がしません。

 

これに味を持たせるためには、砂糖やみりんをたっぷり加えてごまかすしかありません。

 

人間の口に入ることなく捨て去られるだけの5つのボウルの中の煮汁を並べてみました。これらは間違いなく私達の細胞の血や肉となる栄養素なのです。

 

(138p)

 

ちょっと考えさせられる話ではないでしょうか。

 

私は灰汁はフィチン酸など、害があるから抜かなくてはならないと思っていましたが、本当にそうなのかという気になりました。

 

時々、「野菜を少しは摂った方がいいのでは?」という質問を受けるのですが、このような調理法の料理を食べるのであれば、摂っても摂らなくてもほぼ同じのような気がします。

 

 

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ご飯を減らした後の注意点

 

 

もし、ご飯に依存しなくても平気になったら、おかず中心の食生活になると思います。

 

ちょっとした糖質制限です。

 

慢性疾患の予防になる「糖質制限」ですが、「体質的に糖質制限をやってはいけない人」、「少しずつ慣らしていく方がいい人」、「やってはいけない事」・・・等、細かい注意点がたくさんあります。

 

それを学ばずに、適当に始めると失敗する可能性があるので、実践を考えている人は先に情報収集を行なって下さい。

 

糖質制限に失敗した経験を持つ私が、2回目の挑戦で成功する為に行なった事は情報収集と分析です

 

ここでは、「体質的に糖質制限をしても問題ない人」が、ご飯を減らす時の注意点の一つを紹介します。

 

それは、糖質だけを減らす糖質制限を行なうのは危険ということです。糖質を減らしたら、タンパク質、脂質を摂る必要があります。

 

和食は糖質は多いですが、タンパク質、脂質が少ない料理です。家庭料理の場合、肉ガッツリより、野菜を煮たようなものが多いです。

 

このようなメニューから「ご飯」だけを抜くと、タンパク質、脂質不足になります。「タンパク質不足」も問題ですが、深刻なのは「脂質不足」です。

 

糖質と脂質は、主なエネルギー源です。

 

 

両方制限すれば、エネルギー不足になります。そうなっては生きていけないので、糖質を制限したら必ず脂質を摂るようにして下さい。

 

 

(追記)エネルギーの重要性については、以下の記事に詳しく書いています。

 

ATP(アデノシン三リン酸)について分かりやすく説明してみた

 

エネルギー代謝について分かりやすく説明してみた

 

 

ご飯など、穀物を減らしたら、おかずの内容を、「野菜」→「肉、魚、卵」に変えると、食事からタンパク質(体の材料)、脂質(エネルギーの材料)をしっかり摂れるようになります。

 

 

「脂質を摂りましょう」と言うと、多くの人は心配になると思います。しかし、勘違いしてはいけません。

 

 

「脂質は動脈硬化の原因になる」と思っている人は多いですが、動脈硬化の原因は「糖質」です。

 

 

動脈硬化を改善・予防する方法を分かりやすく説明してみた

 

 

「脂質は肥満の原因になる」と思っている人は多いですが、肥満の主な原因は「糖質」です。

 

 

経験上、脂質は悪くない。太った原因はただの勘違いだった

 

 

 

そして、糖質は代謝する時に、ある条件で「乳酸」を発生させます。その「乳酸」が蓄積すると「癌」の原因になります。

 

 

 

(追記)ご飯はブドウ糖に分解されます、そこからさらに代謝されエネルギーが作られるのですが、体質によってこの代謝が上手くいかない人がいます。すると、「乳酸の蓄積」を招き、癌が発生しやすくなります。ご飯の食べすぎには十分注意して下さい。

 

余命わずかの末期癌患者が退院できたのは病院での栄養療法のおかげだった!

 

癌細胞と癌家系について分かりやすく説明してみた

 

 

 

「脂質」は高エネルギーで人体に必要な栄養素です。

 

 

 

(追記)「糖質を食べても何も問題は起きていない」と思っている方へ

 

日本人は「主食」や「おかず」から糖質を摂りすぎています。

 

しかし、「ご飯等、糖質をいくら食べても、身体にはなんの問題も起きていない」と言う人が一定数います。

 

そう思われるのは、2つ理由があります。

 

●実は糖質による害が身体に出ているが、糖質が原因だと気付いていないので、本人が「不調はない」と勘違いしているケース

 

 

例えば、以下の症状は、糖質が原因です。

 

本当は怖いいくら甘い物を食べても太らない体質と、後で払う肥満以上の大きな代償

 

卵子が老化する原因と防ぎ方。卵子の質を悪化させない食習慣は、不妊症の改善にも期待できる

 

瞼に脂肪の塊ができる「眼瞼黄色腫」の放置は要注意!意外な原因と解決方法とは

 

関節の痛みや理由もなくパキッっと音が鳴る原因は食生活に問題あり。根本的な原因を取り除いてクラッキングを改善させる方法

 

 

●身体が他の人より少し丈夫(代謝が良い等)なので、害が表れるのが遅い、問題が起きても小さいので「何も問題ない」と勘違いしているケース

 

糖質の毒性は遅効性。体に合わない物を食べると、表面的には問題がなくても水面下では体が劣化する

 

糖質を食べると病気になる人と、健康で長生きする人の違いについて考えてみた

 

癌細胞と癌家系について分かりやすく説明してみた

 

 

糖質の害は遅効性で分かりにくいです。

 

しかし、目、脳、卵子等、一度ダメージを受けると回復しない部分もあるので、「何も問題はないから」・・・と無防備に食べると、後で身体を壊ししんどいめに合います。

 

糖質をたくさん食べる人は、このようなリスクを知っておいて下さい。

 

 

まとめ

 

ご飯を止めるには、ご飯がなくても食べられる薄味のおかずにする必要があります。

 

最初は薄味は物足りないと思いますが、本来なくてもいいものなので、時間と共に慣れていきます。

 

人間は、味付けの濃い食べ物がないと生きていけないようにも、ご飯がないと生きられないようにもプログラムされていません。

 

 

(追記)「和食は糖質が多くて不健康だ」と話をしましたが、「例え不健康の原因になっても止められない」・・・という方は多いです。

 

習慣を変えられない人はいますから、対策として、糖質を多めに食べる人に気をつけて欲しい事を書きました。

 

ベジタリアンや糖質を止められない人が、健康の為に摂っておきたい栄養素とは

 

 

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健康ばかり気にする人の特徴と、健康志向の人が不健康になる理由

 

 

健康関連の話をしすぎると、

 

 

 

 

「健康ばっかり気にしていてもしょうがない」

 

 

「健康がそんなに大事なのか」

 

 

「健康が全てじゃない」

 

 

 

と、言われることがあります。

 

 

 

 

このブログを読んで下さっている方も、そう言われた、あるいは言った経験があるかもしれません。

 

 

 

なので、「健康ばかりに気をつける事になんの意味があるのか」について書いてみようと思います。

 

 

 

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気にしすぎる事に意味はあるのか?

 

 

 

人は大なり小なり、みんな健康を気にしています。

 

 

 

若い時は元気で気にしなかった人でも、歳をとれば弱っていくので、いずれ気にする時は訪れます。

 

 

しかし、世の中には、周囲に比べて「健康の事ばかり」考えてしまう人が一定数存在します。

 

 

「大病をしている(したことがある)人」や、「大病はしてないけど体が弱い人」は、そうなる傾向が強いです。

 

 

 

 

 

 

「健康」「健康」と言っているのが、「過去に大病をした人」であるなら、みなさん納得されます。

 

 

 

そんな人に対して「健康ばかり気にしてもしょうがないだろ」と言う人は少ないと思います。その人の境遇を察して「大病をしたことで健康に気をつけるようになったんだな」と理解できるからです。

 

 

 

しかし、私の様にただ体が弱いだけで「特に大病をしたこともない人」が、やたらと「健康」、「健康」と言っていると話は違ってきます。

 

 

 

「そんなに気にして意味があるのか?」、「気にしすぎじゃないか?」・・・と反応は冷ややかです。

 

 

 

「まだ起こってもいない病気にビビッてもしかたがない。なったらなった時。なるかどうかわからない事にエネルギーを注ぐよりも、他に大事なことがあるだろう」

 

 

 

「健康を気にしすぎる人って「病気への恐怖」が過剰だ」

 

 

 

・・・おそらく、このように思われるのではないでしょうか。

 

 

 

確かに、健康について調べ出すとキリが無いですし、気をつけたからといって、必ず病気が防げるわけでもありません。だから「健康の気にしすぎ」を否定する人の気持ちも理解できます。

 

 

 

しかし、なったら困るから、先回りして気をつける必要があるのです。

 

 

 

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体が弱いとすぐに体調を崩す

 

 

 

私も健康に気を使うタイプです。

 

 

 

そうなった理由は、「体が弱かったから」というのが大きいです。

 

 

 

 

昔、台湾旅行に行った時に、飛行機が慣れなかったのか、現地に到着した時から頭が痛くなりました。

 

 

 

元々頭痛持ちでしたが、まさか旅行中になるとは思いませんでした。

 

 

 

ホテルで薬を飲んで少し寝たのですが、その日は現地の知り合いと食事をする約束をしていたので、夜は頑張ってレストランに行きました。

 

 

 

しかし、食べられないし、途中で気分が悪くなってぐったりしたのです。

 

 

 

すると、その場にいた人がそれぞれ「これを飲んでみろ」「これを頭につけてみろ」と色々持って来てくれて、どれが効いたのかわかりませんが、奇跡的に回復しました。

 

 

 

親切にしてもらって、今ではとてもいい思い出ですが、このような事があると、次からは慎重になります。

 

 

 

具合が悪いと、楽しい事があっても楽しく感じる事ができないし、なにより、周りに気を使わせるのが申し訳ないのです。

 

 

 

何度かこういう事が起こると、「またなるんじゃないか」と思うようになります。

 

 

 

 

 

何か体調を崩すようなハードな事をして具合が悪くなったのなら分かります。

 

 

 

しかし、体が弱いと大した事ないことで、「さっきまで元気だったのに、なんで急に体調を崩したんだろう」・・・みたいな事が突然起こるので油断ができません。

 

 

 

起こりもしない事を心配してもしょうがないのですが、体が弱いとつまらないことで調子が狂うので、人生を楽しむ為には、健康に気を配ることが必要不可欠になってきます。

 

 

 

私の場合は「体が弱い」だけで、「大病」をしたわけではありません。

 

 

従って、見た目は健康体なので、人からは体が弱い事はわかりません。

 

 

 

見た目が病人じゃないので、私が健康に気をつけていると、周囲が不思議がって「若いのになんで?」と聞いてきました。

 

 

 

若い人が病気を怖がったり、健康に気を配るのは、「健康ブーム」と言われる現代でも異質な存在なのだと思います。

 

 

 

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丈夫な人と体が弱い人の違い

 

 

 

 

過去に大病をしたり、そういう人を身近で見てきた経験があったり、体が丈夫ではない人は、病気に対する危機感があります。

 

 

 

反対に、体が丈夫で病気をナメている人はあまり気にしないと思います。その必要がないからです。

 

 

私も体が丈夫になって、元気な人が言っていた「そんなに気にしてもしょうがない」という理由が分かりました。

 

 

 

元気になると心配事が減るので、「まぁ、大丈夫だろう」という余裕が生まれますし、自然と気にならなくなります。

 

 

 

 

このことからも、「健康を気にしすぎる」かどうかは、「本人の体調」がかなり関係していると言えます。

 

 

 

 

ちなみに、心配事は病気だけではありません。

 

 

 

昔は体が弱かったので、常に「ここを壊したら治るのにどれくらい時間がかかるだろう」とか、「治療費はいくらくらいかかるだろう」とか考えていました。

 

 

 

回復力も弱いからです。

 

 

 

今は丈夫になったので、具合が悪くなる事も無くなりました。昔のように常に体調不良の心配をすることもありません。

 

 

 

 

心配しなくてもいいというのは楽です。

 

 

 

ですが、過去の状態を覚えているので「あのようにはなりたくない」と思っています。

 

 

 

また、病気になって、後で「あの時気をつけておけば良かった」と後悔するのは嫌なので気をつけます。

 

 

 

 

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健康に気をつける人程病気になる理由とは

 

 

私は、健康志向が無意味だとは思いません。

 

 

 

闇雲に怖がって、情報に振り回されているだけで終わっていたら確かに無意味です。

 

 

 

しかし、「どうやったら元気になれるか」を追求していった結果、私は体質を変えることに成功しました。

 

 

 

 

私は、健康に気をつけすぎる人の気持ちも理解できるし、その事によって予防の知識もつくので、無駄ではないと思います。

 

 

 

しかし、一方で「これは問題だな」というケースもあります。

 

 

 

「世の中のありとあらゆる情報」に目移りして、冷静な分析ができないのであれば、気にしすぎることは逆効果です。

 

 

 

何故なら、「同じテーマや条件にも関わらず、何故か専門家の意見が割れる現象」が普通に起きているからです。

 

 

 

とくに医療や栄養の情報はデタラメが多いです。

 

 

 

 

 

 

真実と違うことが定説になっているので、真面目に実践すると不健康になります。

 

 

例えば、厚生労働省が推奨する「食事バランスガイド」。あれを真面目に実践すると、糖質過多、タンパク質不足、脂質不足、ミネラル不足、脂質不足になります。

 

 

人間の食性に反するモデルなので、慢性疾患の原因になります。

 

 

今でこそこんな事を書いている私ですが、昔は、定説で正しいとされている「バランスの良い食事」、「野菜を多めに食べると良い」、「肉よりは魚」を真に受けて実践していたので、不健康でした。

 

 

これを改善させたのは、定説では否定される「スーパー糖質制限」です。両方真面目に試したところ、定説の言う通りにすると30年以上不健康でしたが、糖質制限をしたら2ヶ月程でガラっと体質が変わりました。

 

 

理に適っているので、変化が早かったです。

 

 

それ故に、定説のデタラメぶりに驚きました。「これは、気をつけても元気にならないはずだわー」と思いました。

 

このような社会で、正しい情報を掴んでいかないといけないわけですから、健康に気をつけている人が不健康になるという事は普通にあります。

 

 

 

例えば、

 

 

コレステロールは安全だという説と、危険だという説があります。

 

科学や論文のインチキはコレステロールが教えてくれる

 

 

「血圧は上がると良くない」という説と、「歳をとったら上がるのが自然だ」という説があります。

 

血圧が高いほど健康で長生きできる!原因を根本的に間違えている高血圧の食事や治療

 

 

「消化に良いのは植物性の食品だ」という説もあれば、「消化に良いのは動物性の食品だ」という説もあります。

 

消化に良い食品の嘘。慢性的に胃がもたれる人は糖質の過食を疑え!

 

 

LEDは危険ですが、近年普及しているので安全ということになっているのでしょう。

 

LEDの安全性は疑わしい。ブルーライトで目の奥や頭が痛くなる理由

 

肌の対策まで必要?ブルーライトの生体への影響は深刻だった

 

 

血は骨髄で造られるという説と腸で作られるという説があります。

 

血液と赤血球とヘモグロビンについて分かりやすく説明してみた②

 

 

和食は健康的ということになっていますが、全然健康的じゃありませんでした。

 

和食は素材の味を生かした料理だという嘘と、日本人が不健康な白米を止められないワケ

 

 

ほとんどがこの調子です。この中から正確な情報を探すのは大変です。

 

 

人間の体は100年前200年前とそれほど変わっているとは思えません。なのに、何故かファッションのように健康の情報が次々と生み出されていくわけです。

 

 

 

健康雑誌を愛読して、今月はバナナが良い。来月は玉ねぎが良い。再来月は・・・。

 

 

 

もし、このように情報に振り回されているのであれば、気にしすぎたところで得るものはないでしょう。下手をすると、予防にならないどころか、良い方法を手放してしまう可能性さえあります。

 

 

必要なのは、バナナでも、玉ねぎでもありません。

 

 

情報を冷静に分析する習慣です。

 

 

これができなければ、気にしすぎる事で、いい方法を掴むことは出来なくなってしまいます。

 

 

何故なら、例え運よく「効果的な方法」に一時的にたどり着いても、その後、誰かから「別のオススメの方法」を紹介されたら、そちらに移る可能性があるからです。

 

 

また、自分は「A」がいいと思っていたけど、多くの人に「AはダメでBがいい」と言われただけで、根拠も無くコロッと変えるのも考えものです。

 

 

そしてもう一つ、「病気という恐怖」に支配されて、盲目にならないようにする必要があります。

 

冷静に判断することが大事だと言いましたが、この冷静さを鈍らせるものの一つが恐怖です。確かに世の中には恐ろしい病気が存在します。そういうものに対してはビビる必要はあります。

 

 

ですが「〇〇になります」と言われて恐怖に支配されると、その後に「〇〇をすれば解決します」と言われたら、安心して、つい飛びついてしまいます。

 

 

 

これは健康に限らずあらゆるジャンルに言える事ですが、恐怖が根底にあって、過剰に健康情報を気にしている人は、この点に気をつけてください。

 

 

 

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