定説が正しいとは限らない。真実から遠ざからない為に気をつけたい事。

 

「ネットの健康情報はデタラメだ」と思われていますが、実は、定説の医療・栄養知識の方がデタラメが多いです。

 

 

 

真面目に調べる人は、その嘘・デタラメに感づくのですが、ほとんど多くの人は、定説や常識に疑いをもたないので調べません。

 

 

大嘘であっても、みんなが信じているので「騙されている」という実感はありません。「間違いない!」と思うのです。

 

 

ここで注意していただきたいのは、騙されているのは特別アホの人ではなく普通の人だということです。誰でも騙される可能性はありますが、特に頭が良いと言われている人ほど、騙される傾向にあります。

 

 

そういう人が多いので、「何故、人は嘘を信じこんでしまうのか」という事と、「そうならない為の対処法」についてお話したいと思います。

 

 

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単純な間違いでも気が付かない例

 

私は以下の記事で、「消化の嘘」についてとりあげました。現代は、科学が発達していますし、みんなが教育を受けられる環境にあるので、「教育を受けられなかった昔の人」と比べて、頭も良いはずですね。調べる方法だってたくさんあります。しかし騙されてしまうのです。

 

消化に良い食品の嘘。慢性的に胃がもたれる人は糖質の過食を疑え!

 

 

この記事でも書きましたが、世間一般では、「消化に良いのは植物性の食品で、動物性の食品は消化に悪い」ということになっています。ですが真実は180℃違いました。

 

 

実際に食べたものを30分後に吐いて消化状態を確認するという実験では、すぐに消化されて胃から消えて吐けないのが「タンパク質」で、いつまでも消化されずほぼ原形で胃の中に残っているのが「炭水化物」だったのです。

 

 

また、寿司を食べた5時間後に救急車で搬送された人の胃の画像では、タンパク質である「魚」が消えていて、炭水化物である「ご飯」が残っていたのです。

 

 

 

「植物性の食品は消化に良くて、動物性の食品は消化に悪い」という定説が、全くの嘘であったということです。

 

 

酷いのはそれだけではありません。

 

 

私がネットでこの話を見つけてから、ずいぶん時間が経っているにも関わらず、世間ではいまだに「胃の調子が悪い時は、消化に良いお粥を食べましょう」等と言ったりするわけです。

 

 

 

これがいかに酷い嘘であるかわかりますか?

 

 

ある食材が消化されやすいかどうか・・・なんて、吐けばわかることです。

 

 

研究室でしか見つけられないような内容ではありません。調べるのに高額な資金がかかるわけでも、高性能な機械が必要なわけでも、肉眼で確認できないような小さな対象でもありません。

 

 

 

これは現代人が見抜けないような難しい事象ではないはずです。その気になれば、誰でも検証できます。それなのに、みんなそれをせず、ただ、言われた事を信じて、騙されていたのです。

 

 

定説は強力です。

 

 

私自身、「植物性の食品が消化に良い、動物性の食品は消化に悪い」を信じて、そういう食事をして、胃がずっと悪かったのです。健康について調べたり、色々実践してきたのですが、こんな単純なことに30年以上も騙され続けてきたのです。

 

 

 

「消化の現実が常識と反対だった」という事よりも、こんな、素人が実験してわかるようなことを、頭のいい人達が間違えていたという事に私はビックリしました。

 

 

そこで私はこう思ったのです。

 

 

「こんな単純な事象」の間違いでさえみんなが見抜けないのなら、「他の定説」もデタラメなんじゃないか・・と。

 

 

そして、それは大きく外れてはいませんでした。

 

 
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優秀な人ほど騙される

 

 

先ほども言いましたが、私が「実は、肉のほうが消化が良かった」という事を知って1年以上経っていますが、常識ではいまだに「肉は消化に悪い」という事になっています。

 

 

この、嘘だと分かっても、いまだに訂正されないという事について考えてみたいと思います。

 

 

 

訂正されていないのは、情報の源流にいる人達が認めないからです。彼らが訂正してくれれば済むことなのですが、それをしません。

 

 

 

私のような素人は、定説と事実が違っていても柔軟に対応できます。定説に執着がないからです。

 

 

しかし、専門家ほど、定説に執着が強く、また「定説を共有するお仲間」の顔色も伺わなければなりません。従って、立場が悪くなるからなのか、それを覆すような事実を頑なに認めようとしません。間違ったことを受け入れる人は少ないように思います。都合の悪い事実と遭遇した時の白の切り方は見事です。

 

 

ただ、彼らも全ての「新説」に反対するわけではありません。「定説を覆さない範囲以内」の新説であれば、真面目に考えるのです。しかし、「定説という枠から少しでも外れた考え」は、最初から相手にしません。「もしかしたら、エビデンスが間違いかもしれない」という発想もありません。

 

 

このような姿勢は、医療や栄養に限らず、あらゆる学問で見受けられます。

 

 

確かめる気すら起こさないのですから、話になりません。確かめないのですから、例え間違っていたとしても、真実に気付くことはありません。

 

 

すると、彼らのような「専門家」を信じる人も騙されるわけです。「専門家」というだけで無条件で相手を信じるような人もまた「定説・常識」が大好きだからです。

 

 

こうして「定説を信じる人」「常識を疑わない人」「エビデンスは絶対だと考えている人」ほど、簡単な嘘にひっかかってしまうのです。↑こういう人は優等生タイプに多いですね。

 

 
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定説は間違っていても叩かれないが、異端は正しくても叩かれる

 

 

専門家の立場に胡坐をかいて、デタラメを垂れ流す方にも問題がありますが、それを受け入れる側にも責任があります。全く考えていないのです。

 

 

ですが、そんな「定説・常識」を信じる人に限って、どこの誰が言ったか分からないような「ネットの健康情報」には目くじらをたてます。

 

 

この矛盾は何なのでしょう。

 

 

こっちの情報は、知らない人が唱えているし、支持している人も少ないから、間違いだろう・・・

 

 

こっちの情報は、有名な人が唱えていて、みんなも信じているから、信憑性があるだろう・・・

 

 

というのは、なんの根拠もなく、ただの信仰です。こういう考えでいたら騙されますよ。

 

 

医学も栄養学も「学問」なのですから、「定説・常識」であっても、辻褄の合わないことは、横着をせず調べるべきです。それをしないと、間違った定説はどんどんコピーされ、世の中に珍説が溢れかえってしまいます。現実にそうなっています。

 

 

①「定説・常識」だから、中身を確認しなくていい。

②その「定説・常識」を元に、新たな理論を作る。

③さらにその理論を参考に、別の誰かが新たな理論を展開する

 

 

こうして、「真相がハッキリしない定説・常識」を元にした理論が増えていくのです。

 

 

ですが、元になった「定説・常識」がデタラメなら、それを元に展開された理論は全て空論です。例え、その理論が市民権を得ていたとしても、デタラメです。

 

 

これと、叩かれている「ネットの健康情報」の違いはなんでしょうか?

 

 

「ネットの健康情報」ばかり叩く人は、一般常識や専門家の意見を重要視しますが、どっちもどっちです。

 

 

むしろ、影響力のある専門家が堂々と嘘を言うのですから、「定説・常識のデタラメ」の方がはるかにたちが悪いと言えます。

 

 

 
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みんなで騙されれば怖くない?

 

 

ここで、質問があります。あなたは、

 

 

「みんなが当たり前に信じている事だから間違いないだろう」

 

「常識を疑う奴は頭がおかしい」

 

「専門家が嘘をつくわけない」

 

 

これらのうちのどれか1つでも思った事がありますか?

 

 

 

もし該当するなら、以下の言葉を憶えておいて下さい。

 

 

 

 

“ 確かめない奴は、かならず騙せる ”

 

 

 

ドキッっとしましたか?それとも、

 

 

 

 

詐欺師の言った言葉だろ、自分には関係ない・・・そう思われたでしょうか?

 

 

もし、「自分が騙されることはない」と思ったのなら、注意が必要です。

 

 

この言葉、誰の言葉かわかりますか? その辺の詐欺師が語った言葉ではありませんよ。

 

 

紹介しましょう、この人です。

 

 

 

 

この人物はヨーゼフ・ゲッベルスといって、

 

 

ナチス・ドイツの宣伝大臣だった人物です。

 

 

『Wikiquote パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス』より引用

 

パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス(Paul Joseph Goebbels, 1897年 – 1945年)は、ドイツの政治家。国家社会主義ドイツ労働者党第3代宣伝全国指導者、初代国民啓蒙・宣伝大臣。

 

「プロパガンダの天才」「小さなドクトル」と称され、アドルフ・ヒトラーの政権掌握とナチス党政権下のドイツの体制維持に辣腕を発揮した。

 

 

敗戦の直前、ヒトラーの遺書によってドイツ国首相に任命されるが、直後に自殺した。

 

 

国を動かす立場にある人間がこういう考えだから問題なのです。

 

また、彼の語録にはこんなものもあります。

 

 

「もしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう。

 

嘘によって生じる政治的、経済的、軍事的な結果から人々を保護する国家を維持している限り、あなたは嘘を使える。

 

よって、国家のために全ての力を反対意見の抑圧に用いることは極めて重要だ。」

 

外国の話、昔の話、政治の話だから・・・とか、そういう事じゃないんです、注目してほしいところは。

 

 

この語録から学べることは、その気になれば、集団を洗脳するのは簡単で、そのテクニックを持っているのは、社会的地位のある人物であるという事です。

 

 

洗脳は詐欺師だけのテクニックではありませんよ。

 

 

確かめない人の数が多いほど、洗脳しやすいでしょうね。大多数である「確かめる気のない人」を中心に洗脳していけば、大きな流れができるので、正論を吐く少数派は居心地が悪くなります。

 

 

このような戦略でドイツがどうなったかは、説明するまでもないでしょう。

 

 

それでも、外国の話、昔の話、政治の話だと片づけようとする人もいると思いますが、どの分野であれ、大きな嘘は私達の周りに溢れています。特に医療の嘘にはウンザリしています。

 

 

そして、ここで「何故、間違いだと分かったのに、いつまでも認めないか」について話を戻します。

 

 

一度洗脳されて嘘を信じ込んだ人は、修正が困難になります。後でどんなに理論的に説明されても理解する事ができないクルクルパーになってしまうのです。何故かと言うと、人には以下のような習性があるからです。

 

 

『カラパイア 不思議と謎の大冒険 人は科学的根拠に基づく事実を知ったところで、信じたくないものは信じない(米研究)』より引用

 

 世の中の多くの人々は、実際には思っているより科学的根拠に基づく知識を持っている。ただしそれが自分の理念や信条、政治的・宗教的な見解とぶつかるような場合には、それを認めたくないのだ。

 

大量破壊兵器やワクチン問題、健康被害などについて話す時もそうだ。

 

科学的証拠をどんなに突きつけたところでそれが逆効果になり、頑なに自分の信じていることを曲げない人がいる。

 

人は、事実がどうであるかよりも、自分の立場が大切なのだ。

 

カーハン氏の今回の研究は、人がなぜそうなるかについての理解を深めるのに役立つかもしれない。

 

(中略)

 

一度文化的、政治的な視点ができあがってしまうと、例え事実がどうであろうと、それがどのようなメッセージに使われている場合でも、人々の信念を元の白紙状態に戻すことはとても難しいのだ。

 

大人の方が幼稚かもしれません。こうはなりたくないですね。↑こうなってしまったら、知識人としての価値は0です。

 

 

ですが、人が間違いを修正しない理由は、「信じたくないものは、信じない」という「個人の我が侭」だけではありません。こちらは、これらを信じている人がいなくなれば、パラダイムシフトが起きるので、間違いは時間が解決してくれます。

 

 

問題は、政治的な理由、社会的な理由から修正されない場合です。こちらは第一線で活躍している人が世代交代しても、パラダイムシフトは起きません。意図的に嘘がつかれているからです。

 

 

(追記)政治的、社会的理由から修正されないということが何故起きるのかについてはこちら

 

遺伝子組み換え食品から学んだ、学問に不毛な議論が発生する本当の理由

 

 
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騙されない為に気をつけたいこと

 

 

嘘が多いわけですが、そんな中で騙されないコツがあります。

 

肩書きとか、人数とか、定説とか、そういった上っ面で物事を判断しない。コレに尽きます。

 

 

専門家の提示した情報に依存せず、再現できるところは実験し、検証が難しいものに関しては、それが間違いである可能性を常に考えることです。

 

 

私も常に疑っていますよ。

 

 

「進化論を疑っている」と何度か言いましたが、これも、みんなが信じているけど、冷静に考えたら納得できない部分がいっぱいあるので、無条件で信じたりはしません。

 

 

ですが普通は、専門家から「これが、エビデンスです。定説です。」等と提示されたら、基本的には疑いません。それさえ出されれば満足するので、実験して確かめることもしません。だから誰も「吐いて、どのくらい消化されているか」を確認しないのです。

 

 

みんな「エビデンス」が大好きです。

 

 

「エビデンス」を元に思考すれば、一見、知的に見えます。ですが「エビデンス」には落とし穴があります。

 

 

医療だけ、栄養だけ・・・と、限られた学問の範囲だけで考えようとすると分からないのですが、政治、経済、歴史というフィルターを持って分析すると、「エビデンス」の捏造は可能なことがわかるのです。従って、「エビデンス」自体が真実であるか疑ってかかることも必要なのです。

 

 

ですが、時間、資金に限りがある為、実験して確かめる事が難しいのも事実です。「1000人を10年間観察した結果」や、「特殊な装置を使って体を調べる」とかは素人に再現できるレベルではありません。

 

 

独自に確かめられない、けど疑わしい・・・

 

 

 

 

そんな時は放置です。

 

 

確かめられないからといって、無理矢理、疑わしいものを信じるべきではありません。

 

 

私は理論的な話が好きなので、本来ならば「エビデンス」や「定説」を元に理論を組み立てるのが好きなのですが、それらを過信していた為に、人間の食性、消化について間違った考えをしていました。なのでその反省を生かして、今は「エビデンス」「定説・常識」に対しては慎重です。

 

 

「エビデンスそのものが、定説・常識とされている情報が、インチキかもしれない」という疑いがいつも頭にあります。

 

 

「そのエビデンスを広めたい側」が見せたいように作っている可能性がありますから。

 

 

そういう世の中であることを自覚して、確かめる癖をつける事です。それが真実に近づく為に最低限必要なことです。

 

 
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